女優でもないのに 高倉健の妻役に大抜擢! とっておきの出会い物語、「高倉健さんとのま・さ・か」。 私と健さんとの大きな出会いは、1983年の映画「居酒屋兆治」で高倉健さんの演じる兆治の妻、茂子の役を演じたこと。 そう、それに尽きる。でも思い出すほどに、健さんとのご縁が心に深く刻まれている。
映画への出演依頼が届いた時、私はとっても驚き、お断りした。 「健さんのファンの1人と
して思います。女優でもない私のようなものが妻役なんてダメです」 すると、東宝のプロデューサーの方が、わざわざ私の事務所まで再度プッシュに来られた。 「女優はいっぱいいますが、加藤登紀子は1人しかいない。その加藤さんとして出演してほしいんです」と。
そうまで言われたら、私もお引き受けするしかない。「よろしくお願いします」と頭を下げたのだった。 でもこの後、帰りのエレベーターが来るまでにふっと間が空いて、振り向いた彼の口からこんな言葉がこぼれた。
「健さんね、あんまり美人が好きじゃないんですよ」 一拍おいて「ああ、そうなんですね!」と深く頷いた私。 なんだかすごく納得できて、まあ選んでいただいた理由もわかり、健さんの気持ちもわかり、嬉しかった!(笑)
気が楽になった健さんの言葉 「そこにいて遊んでてください」 そうして映画のロケが始まったのは北海道函館市。 丘の上の自宅前、10年連れ添った夫が急に会社を辞めて、焼き鳥屋になる、と言い出して、ちょっと困っている妻が心配しながら夫を送り出すシーン。
セリフはなんだったか覚えていないけど、「行ってらっしゃい」的な軽い一言だったと思う。 でも天下の大俳優とのそれが最初の共演。さすがに緊張していて、思ったより声が上ずったような気がした。
撮影終了後に「ちょっとセリフのキーが高くなかったですか?」と健さんに聞いた。 そうしたら、健さんは嬉しそうに笑って、あの低い声でこう仰った。 「セリフのキーなんて気にしないでください。あなたにはこの映画の最後に『人が心に思うことは誰にも止められない』というセリフを言ってほしくて、出演していただいてるんです。あとはもうそこにいて遊んでてください」 この一言は大きかった。
ぐっと楽になって、私もなんとなくわかった気がして、本当に楽しく遊ばせていただいた。 監督の降旗康男さんもカメラの木村大作さんも素晴らしいベテランで、健さんとの息もピッタリで、何の無理もしない、演技らしいこともしない、そんなやり方ですべてが進んでいった。
一番の大掛かりな場面は、大きな交差点に群衆が繰り出し、祭りの山車が通り過ぎ、その瞬間に通りの向こうの警察署から痴話喧嘩で相手を殴り留置されていた健さんが釈放されるシーンの撮影だった。
私はただ交差点のこちら側で佇み、出てきた夫を見つける。それだけの場面。 関わっている人の多いカットだけにやり直しはできない大変な撮影だったのだけど、あっという間に終わってホッとしていると、監督が木村さんと一緒に走ってきて、「イヤーよかった。あんな佇み方は他の人にはできません。感動しました」だって! 当の本人は何のことだかわからない。ただ立っていただけなのに、と思った私。
加藤登紀子は藤本敏夫が学生運動で投獄され それを見舞いに行き 獄中結婚することになりました 高倉健はこの経緯を知っていて 加藤登紀子なら『人が心に思うことは誰にも止められない』というセリフを上手く醸し出せると確信して 出演を依頼したと想像しています
5月14日、北京・人民大会堂。専用車から降り立ったトランプ大統領は、ホストである習近平国家主席が迎える姿勢を整える間もなく、自ら距離を詰めて手を差し出した。
外交プロトコルの基本では、開催国の首脳(ホスト)がゲストを先に迎え、手を差し出す。ところが、プロレス界に長年携わってきたトランプ大統領らしく、その「間」を奪うパフォーマンスに出た。
習主席は後追いで応じるしかなかった。トランプ大統領はまさに場を支配していた。冒頭の数秒で、「トランプ優位」は絵として世界に刻まれた。
トランプ大統領はさらに追い打ちを掛ける。通常2〜3秒の握手を、トランプ大統領は約10秒にわたって続け、「自分が離すまで終わらせない」という優位性を誇示する。中国の最高権力者が、自分の手の自由を他者に委ねた状態を、世界中のカメラが捉えた。
ダメ押しとして、トランプ大統領は左手で習主席の手の甲を数回軽く叩く。親しい間柄なら親愛の行動だが、ここでは「目上の者が目下に対して行う動作」として機能する。
冒頭からアメリカ主導を暗示する場面だった。習主席の側近たちは、トランプ大統領の握手外交を研究していなかったのだろうか。自国の最高指導者がやり込められるかもしれないのであれば、進言して防げたはずだ。
これは習主席が行っている粛清が生んだものだろう。各組織のトップを次々と粛清して、多くの者が習主席に忖度するだけの組織になっている。中国外交の劣化を露呈させている。
独裁の弱点がこういう場面で隠しきれない行動を生み出すとは 習近平自身も想像もしてなかったことでしょう
ここのところ時間的な余裕が出来たので Amazon Prime videoを見るようになりました
ややこしい映画は止めて 喜劇で単純で明るいものを選んでいます
ちょっと前は森繫久彌を中心とする「駅間シリーズ」「重役シリーズ」を見ました
その後はクレージーキャッツの「無責任シリーズ」を見ました
今は「寅さん」と「釣りバカ日誌」を見ています
おのおの何本か見ていると共通点があることに気が付きました
「寅さん」は毎回地方の名所を訪れマドンナが現れます
「釣りバカ日誌」も地方の名所を訪れながら釣り場を訪れます
「寅さん」の監督は山田洋二ですが 「釣りバカ日誌」の脚本にも山田洋二が登場します
そういうこともあり 二作品には山田洋二の影響が色濃く出ています
「寅さん」は的屋で全国を回りその土地の風土や文化を紹介します
「釣りバカ日誌」は全国の釣り場を求めながら その土地の風土や文化や名物を紹介します
両方とも所謂 「ご当地映画」の構成になっています
ご当地の有名人もチョイ役で登場します 富山県だと立川志の輔 高知県では橋本大二郎
長崎県ではさだまさし
ご当地の人は特に喜ぶ映画です
「釣りバカ日誌」の三國連太郎と西田敏行の絡み 谷啓の演技は上手いなーと感じました
「寅さん」の方は渥美清以外に演技の上手さは感じませんでした
単純でばかばかしく人情味があふれるのも両作品に共通しています
いずれにしても齢を食って気軽に見るには丁度いい作品でした
日曜日に千秋楽を迎えた大相撲は12勝3敗同士の若隆景と霧島の間で優勝決定戦が行われ若隆景が押し出しで霧島に勝ち 4年ぶり2度目の優勝となりました
本割では若隆景も霧島も互いに勝ち12勝3敗を確保しました
優勝決定戦を控え若隆景は西の控え部屋で 立ち合いに右差し 左おっつけのイメージの形を作る練習に集中をしていました
優勝決定戦は立ち合いで作戦通り重心を低くして 左わきを閉めて 左おっつけ 右を差して 一気に霧島を土俵外に押し出しました
右差し 左おっつけは若隆景が最も得意とする形です
この形になると持ち味を十分に発揮します
重心も低く押す力も強くなります
一方 相手はとてもやりにくくなります
4年前に優勝した時も 右差し 左おっつけの形で優勝しました
このあと2023年春場所で右ひざに「前十字人体損傷 外側半月板損傷 骨挫傷など複数の大けがをしました
これにより幕下まで番付を下げました その後 長いリハビリをしながら ここまで 復活しました ものすごい精神力です
大怪我から復活と言えば 炎鵬も頸椎に大けがをして幕下まで番付を下げましたが これも今場所十両まで復帰して8勝7敗で勝ち越し 来場所も関取として相撲をとることが出来ます これまた天晴れです
昨年11月に八ちゃんが虹の橋を渡りました
今年 3月にスポーツクラブを退会しました
スポーツクラブは火・木の週2日通っていました
平日のうち火・木を除くと残りは月・水・金の3日です
この3日間に ゴミ出し 買い物 掃除 クリニック 歯医者 床屋等 いろいろな事に対応します
4月から10月の半年間は草刈りが待っています
八ちゃんが居るときは外出しても 寄り道なしで 要件を済ませれば家に直線的に戻りました
今はスポーツクラブに通う火・木の2日間がフリーになり 家に直線的に戻る必要がなくなったので 平日に時間の余裕が出来ました
平日の2/5がフリーになると拘束時間から解放されます
併せて寄り道が可能になったので 今日までの17年3か月とはまるで違う時間感覚になります
この開放感が気分をとても楽にしてくれました
拘束時間の解放で寄り道OKになり気分が楽になると 昼間に外食をしたくなります
そこでランチのお店を積極的に探すようになりました
現在リストアップした店舗数は37件になりました
基本的には片道30分以内の店を選んでいます
寿司 そば うなぎ 天ぷら ピザ パスタ 中華 フレンチ 洋食等のジャンルで選んでいます
ということで 嬉しい嬉しい田舎暮らしの第二ステージに入りました
お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志が、配信サービス『DOWNTOWN+(ダウンタウンプラス)』の生配信番組『7:3トーク』に出演した際の一部トーク場面が、公式YouTubeチャンネルにて公開。
俳優・坂上忍が告白した“大失態”への、松本の秀逸なツッコミが反響を呼んでいた。
坂上は、「この間、久し振りに記憶を失ったんですよ…」と、酒を飲んで泥酔したこと明かす。
続けて「(妻によると、坂上が)帰ってきたと思ったら、ダンダンダンって2階に上がっていって、『ああ、もう寝てくれたかな』って思ったら…(坂上が)階段でおしっこしちゃったらしいです」と打ち明けた。
坂上の話に、松本は「あのねえ…犬、飼いすぎなんですよ」と、坂上が大の愛犬家であることを引き合いに真剣な顔でツッコんでいく。
続けて、「自分の家にマーキングしてどうすんすか」と立て続けてツッコミを入れ、坂上も思わず大笑いしていた。
このトークに、ファンからは「これ犬のマーキングって返せるのか?!! 思い付かんわ」「松本人志の返し(笑)発想がすごいわ(笑)」「瞬時にこの返し出るって誰もかなわんよもう(笑)」「切り返しが天才」「さすがの返しに痺れた」との声が。
さらに、「そこに行き着くのか(笑)」「まっちゃん以外誰がこの返し出来る」「ツッコミでもあり、やらかしてガックリの坂上さんの思考を老いから犬へズラしてくれる優しい救いでもある」といったコメントもみられた。
確かに、思わぬことを打ち明けられても、とっさにどう返していいか分からなくなることが多い。瞬時に愛犬家からマーキングにつなげるとは驚いた。変に深刻にならず、笑いに変えることで相手の心も軽くなる。さすがだと思った。
お笑いの才能がある人が 女性関連のトラブルで表に出てこられなってから かなりの時間が経過しました
稲盛氏が吉野家を愛し、吉野家を接待の場として選んだ背景には、無駄を排する質実剛健な思想があっただろう。それと共に、高価な食事がもたらす満足には明らかな限界があるという、実際的な理解があったに違いない。
リーダーシップとは、他者の上に立つことではなく、他者と共に歩むことである。
牛皿を分け合うという小さな行為は、共に生きるという壮大な哲学の縮図であった。稲盛氏は、従業員や取引先を単なる利益を生み出すための道具として扱うことを何よりも嫌った。全員が運命共同体であり、苦楽を共にする仲間であるという強い信念が、常に胸の奥底に存在していた。
だからこそ、相手が著名なスポーツ選手であっても、あるいは未来を担う若い社員であっても、等しく吉野家のカウンターへ招き入れ、同じ目線で言葉を交わした。立場や肩書きという不要な鎧を脱ぎ捨て、1人の人間として向かい合う。
高級レストランのシャンパンでは決して引き出すことのできない、素朴で力強い人間関係の構築が、吉野家の店内ではごく自然に行われていた。
稲盛氏は、京セラの工場に「コンパ」と呼ばれる、役職や年齢に関わらず全員が車座になって酒を酌み交わすことを強く推奨した。根底にあるのは、共同体意識である。
高級料理を静かな個室で個別に供される場ではなく、庶民的な空間で、時には1つのおかずを分け合いながら熱く語り合う。物理的な食事の簡素さが、かえって参加者の心の壁を取り払い、組織の強固な結束を生み出す。同じ目線で、同じものを食べる。極めて単純な行為の中に、組織を動かす強力な原動力が隠されている。
どれほどの成功を収めようとも、行き着く先は、豪華絢爛な生活の果てにある孤独ではない。気心の知れた誰かと分け合う一片の肉であり、いつ食べても変わらぬ味に安堵する喜びである。
稲盛氏が吉野家を愛した理由は、経営における厳格な合理性の追求であると同時に、1人の人間としての純粋な充足を忘れないための、生涯を通じた確固たる規律であったのかもしれない。
言わんとすることは分からないでもないが 吉野家は忙しいサラリーマンが短時間で昼食を済ませる場所です
吉野家に稲盛和夫が客人を連れて接待して 10分以上居られても店側も困るし 接待された方も落ち着かないでしょう
「牛皿を分け合うという小さな行為は、共に生きるという壮大な哲学の縮図であった。」というけれど そんなことは相手には伝わるのかな?
接待するなら普通に落ち着ける場所で 普通より美味しい食事を静かな場所で過ごした方が相手もいいと思いますけど
昨日 ゴルフ8からゴルフ8,5に買い換えて 納車されました
VWの担当者も新しく替わり どんぐり庵に来るのは初めてでした
事前にGoogle Mapのストリートビューで確認していましたが 実際にどんぐり庵を見てビックリしていました
想像していたより何倍も迫力があったので驚きましたと言っていました
書類に記入などの必要があったため 家の中に入れました
土間から上を見てその高さと 構造材の迫力にさらに驚いていました
仕事柄いろいろな家に上がった経験がありますが こんな家は初めて見ましたと言っていました
本当にすごいですと感動していました
どんぐり庵には多くの人が訪れていますが ここまで感動した人は初めてでした
こんな家を見たことがないので 出来る範囲で家の中を見せて貰えないでしょうかと
希望されたので風呂とトイレを見せてあげました
十和田石とヒノキで出来た風呂にも感動していました
トイレも広さと作りに感動していました
自分も将来 家を建てるときは広い敷地に無垢の木と漆喰の家を建てますと言っていました
外に出て2階から裏山に掛かる橋を見てすごいなーと感動していました
新緑の裏山を見ながら ここの桜が咲く時期は綺麗でしょうねと又感動していました
どんぐり庵は想像をはるかに上回る家と敷地の景色だった様子でした
ネットで調べて行ってみたくなった寿司屋を隣町のいすみ市岬町で見つけました
11:30頃に到着すると先客が二人いました
メニューを見て特上握りにするか極上握りにするか考えました
極上は写真が載っていました 特上の写真はありませんでした
極上の写真を見ると12巻プラス巻物が4巻ありました
ちょっと量も多いし この日に極上に匹敵するネタがあるのか心配でもありました
そこで特上を注文しました
出てきた握りの姿は一般的なモノで 味も特別美味しい訳ではないのですが 合格ラインをクリアーしていました
町中の寿司屋なので客の対象は観光客ではなく 地元の人という感じでした
vivakenは観光客相手の店は好きではないので わさわさしていなくて丁度いい店でした
地元の会合や法事などに使われているようで 寿司の他にもいろいろなメニューがそろっている店でした
寿司以外にも和食が食べたいなと思った時に使えそうな店でした
食事を終えると店主から別荘から来たんですか?と聞かれました
いすみ市は近年 都会人に人気で移住して来るが人が増えている地域です
特に人気なのが農家の古民家でvivakenもその該当者だと思われていたようです
定年後に睦沢に田舎暮らしのために移住してきたので 似たようなものですと答えました
家から15分ぐらいで行けるので 茂原の店に行くより少し近いぐらいです
信号もなく 景色が綺麗な田園地帯をすいすい走るので気持ちよく行けます
モーター大手のニデックで、部品の品質不正の疑いがあることが12日、分かった。13日にも外部の弁護士らによる調査委員会を立ち上げる。
関係者によると、不正会計問題を調べる中で判明した。家電向けモーターなどで、顧客の承認を得ずに設計変更といった品質に関する不正をしていたとみられる。ニデック本体のほか、子会社でも問題が見つかった。
ニデックは会計問題の発覚を受けて昨年9月、第三者委員会を設置。創業者の永守重信氏は今年2月までに代表取締役や名誉会長を辞任した。第三者委は従業員らにヒアリングし、3月に多数の不正を認定した調査報告書を公表した。
永守氏による業績目標に対する「強いプレッシャー」などが明らかになった。
経営陣の法的責任の有無を調べる委員会も設置し、調査が続いている。
会計問題で、東京証券取引所はニデック株を、内部管理体制の改善を求める「特別注意銘柄」に指定している。
一時期は「経営のプロ」とメディアから高い評価を受けていた永守の経営は「目標を達成できないのは犯罪だ」と社員に圧力を掛けて目標達成のためには不正もありき という社風を作ったと考えられます
「経営の神様」と言われた稲盛和夫と松下幸之助の二人は社員を大事にしながら 企業業績を上げたという意味では 雲泥の差です
ここまで来ると「経営にプロ」永守には名誉挽回の機会はなく このまま辛い人生が待つことになるでしょう
一昔前から「海離れ」と言われて久しいが、その実態は想像以上だ。
日本生産性本部の調査によると、全国の海水浴場を訪れる人出は、ピークだった1985年の3790万人から2023年には約430万人へと、実に9割も減少した。
それだけはない。近年は「海そのもの」への関心や親近感も薄れつつある。日本財団が行った「『海と日本人』に関する意識調査2024」によると、「海が好きだ」という問いに「非常によくあてはまる」「少し当てはまる」と答えた人は44%で、2019年から13ポイント減少し半数を割り込んだ。
「海に行きたい」という意欲も同様に低下しており、とりわけ20代・30代で落ち込みが顕著だ。
海と人の関わりについての研究を続けてきた日本大学名誉教授の畔柳昭雄さんは、背景には複合的な要因があると指摘する。
「レジャーの多様化や車離れなどの中長期的な社会状況の変化に加え、近年は毎年のように『サメ出没』『酷暑』『日焼けの危険』などマイナス要因のニュースが重なっています。ナイトプールやバーベキュー場なども各地にできて、海に行く必然性も薄れています」
神奈川県に住む20代の男性は言う。 「子どものころは、家の近くの海水浴場に向かう客でよく大渋滞が起きていました。ただ、今は夏でもそれほど混雑しない。私自身、子どもの頃は海水浴によく行ったし、それ以外の季節も海岸沿いが遊び場でした。
でも、いまはあまり行かないですね」 夏の混雑したイメージに加え、写真や動画では美しく見える海も、実際に足を運ぶと水の濁りや散乱したゴミにがっかりする、そんな体験が積み重なって足が遠のいているという。
海には行かなくなったとはいえ、若者の間で“自然離れ”が起こっているわけでない。SNSでは「自然界隈」というハッシュタグが流行し、色鮮やかな風景やおしゃれなロッジ風の滞在先の投稿に人気が集まる。
vivakenが若いころは「海は格好いい」けど「山はダサい」というイメージでしたが それと比べるとずいぶん価値観が変わりました
サッカーの今西和男さんを悼む。
サンフレッチェ広島の初代総監督、日本サッカー協会の強化副委員長を務めるなどした今西和男さんが4月16日に亡くなられた。享年85。
日本サッカーにおけるその功績は計り知れない。預かった選手のスキルを伸ばすだけではなく、彼らの引退後の人生を見据え、とりわけ多くの指導者を育て上げた。現職の監督を見渡すだけでも森保一(日本代表)を始めにして その門下生は現在の日本サッカーを支える顔ぶれが並ぶ。
これらは今西さんの献身による。サンフレッチェ時代に、ともに人材育成教育にあたったヒューマックスの木村孝代表はこんなふうに言った。 「今西さんは自分のことは後回しで、本当に教え子のために働いていました。私はいろんな人材育成担当の方と仕事をしてきましたが、今西さんは、無私の精神の度合いがケタ違いなんです。
知られているのは、やはり森保一のエピソードであろう。うまくも速くも高くもない長崎の無名の高校生であったが、ボールを持った時の視野の広さに注目し、6人の採用枠の最後のひとりとして獲得を決めた。
森保本人には「とにかく頑張れ。活躍すれば、必ず本社での採用に切り替えるから」と約束し、実際にその通りになった。入社時にマツダサッカー部員のなかで最も下のランクに置かれていた高卒選手は、やがて日の丸を背負ってオフトジャパンの心臓となった。
さらに指導者となってからはサンフレッチェの黄金時代を築き上げ、代表監督となり、ワールドカップでドイツ、スペインに勝利し、今年はまたイングランドを聖地ウェンブリーで破った。
あのとき、「森保にサッカーをあきらめさせてはいけない」と会社に掛け合った今西さんの尽力がなければ、この栄光はなかった。
献身は成功者にだけ捧げられたのではない。サンフレッチェの総監督時代、志半ばで退団していく選手たちのセカンドキャリアの面倒をすべて見ていた。
全国の高校の指導者たちが、「今西さんのいるチームならば、教え子を入団させたい」と口々
に言っていたのは、たとえサッカーで芽が出なくとも、誰ひとりとして路頭に迷わせることなく、人生の次なるステップへ導いてくれていることを知っていたからである。
森保監督の才能を見出した今西さんの眼力は確かでしたが ここまで日本チームを伸ばしたのは森保監督の才能と努力でしょう
グーグルを見ていたら茂原の喫茶店が出てきました
ナポリタンが美味しいと紹介されていました
喫茶店のナポリタンは数十年食べていません
そのように紹介されると一度行ってみたくなります
先週金曜日の11:30に歯医者の予約が入っていたので 終了後にその喫茶店に行くことにしました
診察が終わったのが12:50でした
13:00に喫茶店に到着 先客2人はナポリタンを食べていました
メニューを見てナポリタン800円を頼みました
食後にコーヒーと思いメニューを見るとエスプレッソは600円とありました
ナポリタンが800円でエスプレッソが600円?金額のバランスに抵抗がありましたが
折角 喫茶店に来たので注文することにしました
ナポリタンは普通の味でした
玉ねぎとハムとピーマンとマッシュルームが入っていましたが 玉ねぎ以外はやっとここにいたか というレベルでした
自分で冷凍のナポリタンをチンすると同時に ウインナーと玉ねぎとピーマンをフライパンで炒めて たっぷりケチャップを入れて焼き付けたところに チンしたナポリタンを合わせ炒めた方が満足感があります
エスプレッソは食事と一緒だったので100円引きでした 喫茶店だけあってとても美味しかったです
もう一度行くか?と問われれば 今回だけにしておきますと答えます
何と言っても狙いのナポリタンが「自作」より満足度が低かったからです
3年ぶりに十両に復帰した炎鵬(31=伊勢ケ浜)が勝った。2023年夏場所で脊髄(せきずい)損傷の大けがを負い、7場所連続休場後、序ノ口からはい上がってきた。
そんな炎鵬に温かいまなざしを送っていた1人が、元大関貴景勝の湊川親方(29)だ。
3月25日、夏場所の取組編成会議で炎鵬の再十両が決定した。その日、湊川親方は炎鵬に電話を入れた。「本当におめでとうございます。自分のことのようにうれしいです」。心からの祝福を送った。
部屋はもちろん、一門も出身校も違う。学年は炎鵬が2年上だが、高卒の湊川親方の方が大卒の炎鵬より2年半入門が早い兄弟子になる。接点はどこにあったのか。
なぜ電話を入れたのか。湊川親方に聞いた。
「現役時代の最後の方、首が悪かったんで、いい治療院の情報の共有をしていました。お互い、大きくなくて、首が万全でなかった。僕は現役時代、仲良くした力士はいませんが、同じ首のつらさを分かっているので、いい方向にいくようにたまに会話をしていました」。
対戦は3度ある。いずれも貴景勝が大関だった時、幕内上位に昇進した炎鵬を3度とも下した。貴景勝は首のケガも影響し、28歳だった2024年9月に引退した。炎鵬はこの時、復帰から2場所目、序二段で戦っていた。
湊川親方は、こう続ける。
「引退してからは戦うことがなくなって、彼は必死に自分を信じてやってきました。もう1回、返り咲いてほしいと思って見ていました。本当に(関取に)戻って、自分じゃないのに、弟子以外でこんなにうれしいのはなかなかない。だから、関取に返り咲いた時、連絡しました。自分を信じて、報われたってのがめっちゃうれしかった」。
貴景勝は身長173センチ、炎鵬は167センチ。ともに背が低く、勝てなかったり、ケガをしたりすると、周囲からの限界説がうっすらと耳に入る。自分の心と闘うことになる。
首は鍛えても鍛えきれない。湊川親方によれば、同じ首の痛みでも施術との相性によって効果に個人差があるのだという。良くなる可能性があるなら、あらゆる方法を試し、わらにもすがるような気持ちになる。
だからこそ、湊川親方は、注目されずにもがいた時期に価値を求める。
「(炎鵬には)かみしめてほしい、この声援を。その裏で、期待されなかった時期を僕らは忘れてない。その辛抱が美しく、かっこいい。勝ったことより、耐え抜いて自分を信じ切って勝負した。そこが彼の美しいところだと思います。いい時は、反対意見も打ち返せます。調子がよくない時は、ネガティブな言葉が刺さるんです。それをはねのけた数場所を、ファンの人には知ってもらいたい。乗り越えた背景、彼の深みを知ってもらいたいんです」。
現役時代に周囲となれ合うことなく、首の痛みと向き合ってきた。苦しさを知るからこそ、炎鵬の空白期間にも思いを寄せる。
炎鵬は、あの日の電話に感謝している。
記憶にあるのは 宇良 照ノ富士 若隆景の大怪我からの復活です
よくぞ頑張ったなという思いです
前の歯医者は4月に左上6番を入れ歯にしたことで 治療が一段落しました
これ以上の抜歯は避けるために 仕切り直しの意味を込めて転院することにしました
ホームページを見て良さげな歯科医院を見つけました
金曜日に初診のために歯科医院を訪れました
スマホで事前に情報を入れて初診がスタートしました
歯科医院は全て個室で4室ありました
最初は歯の撮影です
連続音でカシャカシャと携帯のカメラで撮影してスマホに口腔内データとして落とし込んでくれました 口をあいた状態 閉じた状態 上側だけ 下側だけ 左右から写した映像
これらはあらゆる方向に回転して見ることが出来ます
その他 ペーパーで一本の歯を裏表側3か所ずつ歯周ポケットの測定結果と 個々の歯の状態 インレイ クラウン などの状況をファイリングしてくれました
今まで通っていたその前と比べて歯科医院もそれなりかな と思っていましたが新規の歯科医院の方が一歩進んでいました
転院は正解だったと感じるところがありました
次回は1か月後です
連休中の外の仕事は草刈り ツツジの選定 ツツジのお礼肥え これはvivakenの担当
tiaraの担当は お礼肥えを有効にするための ツツジの周りの草取りの仕上げ ツツジの花柄摘み 石庭の草取りでした
草刈りはいつものように刈り払機で刈りました
1日2時間から3時間 3日かけて刈りました
ツツジの選定は刈込鋏で 大よそ10cmぐらい縮めました
選定作業の前にダイヤモンドシャープナーで刃を研ぎました
これをしっかりすると仕事が楽になります
お礼肥えはバケツに肥料を入れて 枝が張り出した下を円周上に撒きました
肥料の1袋2,5kgが丁度バケツ1杯分です
バケツ6杯分を1時間かけて撒きました
肥料を撒き終えた夜に少し雨が降ったので 肥料が地面になじみました
家の中の仕事は障子貼り替えです
大小11組あります
tiaraが障子紙はがしと骨組みの掃除です
vivakenは紙のカットが担当です
紙張りは二人でやりました
ゴールデンウイークの外食ランチは2日から6日まで5日連続で近場の店に行きました
2日はいつものフレンチ料理
3日は隣町の新規のイタリアン料理
4日はお気に入りのうなぎ店
5日は隣町の新規の台湾料理
6日は隣町の隣で新規の和食店
フレンチはいつものように満足がいく内容でした
新規のイタリアンはチェーンでした 店は狭く カウンターの椅子席もいまいち 頼んだピザは可もなし不可もなし もう一度行くかと言われれば もういいなという感じ
そう悪くはないのですが満足感はなくチェーン店の限界のようなものを感じました
お気に入りのうなぎ店はいつものように満足して帰途に着きました
新規の台湾料理店は思ったより店は大きく 席もゆったりしていました 駐車場も余裕の大きさで環境はOKでした 従業員も全員台湾人で元気な声が飛び交っていました
頼んだ料理は刀削麵の四川タンタン麺でした
味は思ったよりゴマの風味が足りない感じでしたが 合格ラインはクリアーしていました
ここは料理の種類が多く 麺も手伸ばし麺もあり 肉料理 海鮮料理 野菜料理 点心もいろいろあるので 今後 何回か行くとお気に入りの料理にぶつかる期待を持たせる店でした
最終日の和食店は小さいのですが小綺麗にしていました
あなご天丼を頼みました どんぶりも黒色で四角のしゃれたデザインででした
綺麗に盛られて美味しかったです 味噌汁も美味しく添えられたお新香と小鉢もOKでした
もう一度行ってみたい店でした
ということで新規開拓は2勝1敗 これにいつもの店で2勝 合わせて4勝1敗の好成績を収めることが出来ました
先週の木曜日にウオーキングのために総合グランドに行くと いつもはサッカーグランドなのに車が90台ぐらい駐車していました
何だろうと入り口に向かう整理員が数名出て車の案内をしています
ZOZOTOWN創業者の前澤友作主催のゴルフ大会の駐車場として睦沢町が貸したものでした
前澤友作の私的なゴルフ場「MZ GOLF CLUB」で木曜日から4日間開催する 男子プロゴルフ大会の観客用の駐車場として使われました
優勝賞金は4000万円ですからかなり高額な賞金です
「MZ GOLF CLUB」は睦沢町にあり どんぐり庵から5分ちょっとの場所にあります
以前は大林組が「デイスター ゴルフクラブ」として所有していたものを前澤友作がプライベートゴルフ場として購入したものです
そういえば昨年も今頃の時期にサッカーグランドに車が駐車していたことを思い出しました
車のナンバーを見ると遠いところは福島県「いわき」静岡県「静岡」などがありました
土曜日もウオーキングのために総合グランドに行くと車の台数は木曜日の2倍以上の台数が駐車していて サッカー場はすでに満杯で隣の野球グランドの外野にも駐車していました
ウオーキングしている間にも車はどんどん入ってきました
土曜日で天気がいいので多くの観客が来ていました
「観戦チケットは一人1万円ぐらい取られるのかなー」とtiaraと話していましたが
調べてみると無料でした
それなら遠くから観戦に来るのも分かります
個人資産2000億円の前澤友作が自分で所有するゴルフ場で開催するトーナメントなので チケット無料でも対応できるのでしょう