サッカーは二時からTV観戦して応援をしましたが 残念ながら後半アディショナルタイムに得点を許し1対2でブラジルに逆転負けしました
前半に先制しましたが実力者ブラジルには一歩及びませんでした
さて何年か前に矢部太郎のデビュー漫画「大家さんと僕」を見ました
50年以上ぶりに見た漫画でした
ほっこりする内容で印象に残りました
それがAmazonのプライムビデオにあったので観ました
大家さんは新宿区に住んでいる当時87歳のおばあちゃんでした
おばあちゃんは1階に住み 矢部は外階段を使って2階を借りていました
この部屋の前の住人はおばあちゃんのお兄さんでした
おばあちゃんは家柄が良く 金持ちのおっとりした人でした
本人はあまり好きではない鰻重を お兄さんが好きだったからといって 時々出前を取ってご馳走してくれました
お買い物はタクシーで伊勢丹に行きます
ランチもタクシーで伊勢丹に行き和食のコース料理を食べます
その後はカフェに行って紅茶とスイーツを食べます
家に帰って仕上げは ほうじ茶を飲みます
矢部も時々ランチに誘われ一緒に食事をしました
ある時 たまには僕が支払いますと言って伝票を見ると12000円でした
食事代の支払いは無理と分かり 次のカフェの支払いをすることにしました
こんな関係が何年続いたかは分かりませんが おばあちゃんと矢部は波長が合ったように見えました
ワールドカップのサッカーで日本はスエーデンと1対1で引き分けて 決勝トーナメントに進出を決めました
まずは一安心です
でも試合内容はもう一つ盛り上がりませんでした
両者とも まず負けたくない チャンスを見て点が入ればいいという お互いに様子見の試合運びでした
要するに積極的に点を取りに行くという試合内容ではありませんでした
もう一つは主審の判定です
反則の判定がスエーデンに有利にホイッスルを吹いていたように見えました
競り合いで日本がチャンスだ という場面で反則を取られゲーム中断したり
相手が反則と思われるプレーを そのまま流していたように見えました
後半の途中でから長友が白い鉢巻のようなヘッドバンドをして出てきたのには 少し驚きました
39歳の最年長でW杯は5回目の出場となりました
長友はピッチには出ずにチームの精神的支柱の存在だと思っていました
何はともあれ長友がミスをして点を取られなくて よかったと思いました
決勝トーナメントに進出した日本の相手はブラジルです
一発勝負なのでジャイアントキリングになれるか期待しています
困ったのは試合が6月30日の真夜中2時ということです
ということは2時から4時まで起きて 試合を観ろということです
ビデオに撮って観ると緊張感がないので面白くありません
目覚ましタイマーを入れて2時から試合観戦をすることになりそうです
3年前から庭の雑草は一律に地面すれすれまで刈らないようにしています
雑草の葉には水分が含まれているので 太陽光が地面に当たるより雑草の葉に当たる方が
地表付近の温度は低くなります
真夏は地面が高温になるので それを防ぐにも有効な手段と考えています
今の時期はピンクの小さな4枚の花弁を持つ ユウゲショウをとても気に入っています
大事に育ててきたので 今年は群生しています
ユウゲショウは花が咲く期間が長く 春から秋まで目を楽しませてくれます
お気に入りのユウゲショウですから これだけを残してみたいなという気持ちがありますが 待てよ 自然界の雑草が単一種で残るは不自然だ 以前 名も知れない黄色い花を咲かせる雑草だけを残すようにしたら ある年からパタッと姿を消してしまいました
この経験があるので ユウゲショウだけを残すのではなく クローバーやリュウノウギクなどもあえて残し 目障りな背が対雑草だけを切るようにしました
そうなると刈り払機で刈るのは困難です
直径23cmのチップソーが高回転で回るので 一部だけ選んで刈るということは出来ません
従って手で刈ることになります
道具は柄の先の刃が90度に曲がった草刈り機を使っています
腰を少しかがめながらチョッキン チョッキンと切ります
刈り払機より疲れますが 連続的ではなく 目障りな草を見つけてはチョッキン 少し歩いてはチョッキンと切るので何とかやっていけます
寅さんの『男はつらいよ』の全48作とスペシャル2作を観終わりました
スタートは5月27日で観終わったのは6月18日でした
30作ぐらいで飽きてきましたが 意地で最後まで観ました
全体の印象としては古き良き昭和の日本の地方を舞台にするご当地映画でした
スタートが1969年ですから 今から57年前の作品です
57年前ですからvivakenも21歳で大学3年年生です
東京からほとんど出たことがないので 日本の地方はこんなものだったのかと考えさせられるところがありました
鉄道は蒸気機関車がモクモクと煙を吐いて当たり前に走っていました
乗り合いバスは前にエンジンがあるボンネット型で乗降のドアは手動で女性の車掌が開閉していました
道路は舗装がされていないところが多くありました
高度経済成長前なので高いビルはありません
当時の日本の自然はとても綺麗でした
お祭りも子供が沢山出てにぎやかなモノでした
常連の俳優では渥美清以外は演技が上手いと感じた人はいませんでした
演技が上手いなと感じたのは浅丘ルリ子 美保純 田中裕子が印象に残っています
現在の地方では高いビルもあり都市のミニ版みたいな景観なので ご当地映画を作っても面白くも何ともないでしょう
『男はつらいよ』は古き良き昭和の娯楽映画でした
国と日本歯科医師会が推進してきた“80歳になっても20本以上自分の歯を保とう”という「8020運動」は結果的に今、業界には逆風に……。
「結果的に自分達の首を締める事になりました(笑)。虫歯予防、虫歯予防と言ってきたら、虫歯は減った。歯科医院は虫歯治療では食っていけないんですよ。でも虫歯治療が減っても保険治療は他にも沢山あり、地道にやればそれなりに利益は出るんです。でもそれが面倒なのか、そこで保険外診療に活路を見出して一発当てようとする。それでみんな潰れちゃうんですよ」
物価高の中、保険診療(診療報酬)は国が定める公定価格に縛られ、他業種のように値上げという対応を取れない事情もある。保険外診療は当然、歯科医院の実入りは大きい。
資金繰りが苦しいのか、業界の闇的な歯科医院の悪どい所業も……。
「いわゆるアップセルです。広告などで安価を提示しつつ、“あなたにはその治療は向かないから”と1本何十万円ですなどとすすめる。広告を囮のようにする手法」
倒産ラッシュのなかで、患者はどう歯医者を選べばいいのか。
「これから高齢の歯科医がいなくなっていって、若い人は少なくなるので、歯科医院が少なくなる。じゃあどこにかかればいいか。正直、われわれプロもわからないんですよ。高名な先生だろうが下手な人は下手だし」
「安心な歯医者」を見分ける4ポイント
きぬた氏が挙げる見分け方は4つ。1.麻酔が痛くないか、2.いつ行っても人がいるか、3.トイレ、そして4.スタッフの入れ替わりが激しくない。
「これら4つで完璧というわけではありませんが、まず麻酔って手間暇かかるもの。表面麻酔をしっかり行うなど、患者への配慮があるか。いつ行っても人がいる歯医者かどうか。有名なだけで全然人がいないところもあるので。あとは、注意してみてほしいのがトイレ。トイレがきれいなところはたいていイケてます。これが満たされていれば詐欺られることはまずない、下手くそな治療もあまりないと見ていい」
「調子に乗って下手な経営をしているから潰れる」ときぬた氏は語るが、あれだけ自身の顔を前面に出した看板を出していることから、きぬた氏こそ調子に乗っているだろ、と思う人もいるかもしれない。
「歯科医に大切なのは、地道に粛々と人様のお口の中を、朝から晩まで見させていただくという謙虚な気持ち。これが継続できるかですよ。20代で歯科医になって、仕事の後に飲みに行ったりせず、60歳まで朝から晩まで、今日もですよ、人様のお口を見て生きてきました。それで謙虚に死んでいくわけですよ。それができるかってことですよ。それが出来れば歯科医師として必ず成功します」
前金で全額は歯科医院に限らず危ないです
美容 塾 今までも前金で全額収めた後にトンズラの例はいくつもあります
それと他と比較して安すぎる金額をPRするところも危険です
立憲民主党の古賀千景参院議員が放ったひと言が、大ブーイングを引き起こした。コトの起こりは、6月15日の参院決算委員会。古賀氏が小泉進次郎防衛相に対する、防衛白書の子供向け冊子をめぐる質疑の中で、爆弾を投下したのである。
「私も教えた子がいっぱい、自衛隊にいるんです。いっぱい苦しんでいますよ」
2022年に初当選した古賀氏はもともと、福岡県で30年にわたり小中学校の教員を経験し、日本教職員組合の特別中央執行委員の経験がある人物だ。
「でもですね、わかってほしいのは、自衛隊には経済的に厳しい子供たちが行くんですよ。豊かな子供たちは自衛隊とかなりませんよ」
すぐに撤回したものの、「とんでもない職業差」「撤回では済まされない」といった厳しい反撃に遭うことに。
教育の現場を熟知し、かつては教壇に立って子供たちを明るい未来へと導く立場にあった人間が、公の場で自衛隊員という職を「経済的弱者の避難所」と断じる。豊かな家庭の子は決して選ばないものだと斬り捨てたのだから、
「高慢な特権的差別意識があったと捉えられてもしかたがないでしょうね」(政治部記者)
この暴言に真っ向から反論したのは、小泉防衛相だ。かつてはその物言いが「進次郎構文」などと揶揄されたことがあったが、この日は違った。
「全くそういうことはありません。それは事実誤認だと思います。それこそまさに、一面的な自衛官、そして自衛隊の家族に対する見方なのではないでしょうか」
冷静な口調で異議を唱えると、さらにこう続けた。
「我々としては今、全国で教育現場を見ていまして、過度な配慮によって自衛隊や防衛省、こういった取り組みが現場の判断によって、その機会すらも与えられないようなこと。そして、近隣諸国の国々の子供たちに配慮と言いますけども、自衛官の子供たちも学校に通っているんです。そういったことに対する配慮や、その子供たちの環境に対する理解をより広く広げることが、まず最優先なのではないでしょうか」
静かな語り口ながら、厳しい言葉を投げかけたのである。
前出の政治部記者が言う。
「防衛大臣に就任後、小泉氏は自衛官の待遇改善や現場の環境整備に奔走し、彼らへのリスペクトを自身の信条としてきました。だからこそ、古賀氏の言葉は自衛官の尊厳そのものへの冒涜と映ったのではないでしょうか」
発言を撤回しようとも、SNS時代において一度吐き出された言葉はデジタルタトゥーのように拡散される。いまだ「撤回すればそれで終わり」という甘い認識で、国会の椅子に座る議員たち。いつになったら懲りるのか。
小泉防衛大臣は環境大臣の時の小泉構文と別人と思われる名回答を続けています
生まれが横須賀で子供のころから自衛隊に対する思いが強かったことも影響していると感じます
オランダ戦を2対2で引き分けた後のインタビューが終わった後で 森保監督が
「しゃべっていいですか?」 そう切り出すと、言葉を続けた。これはかなり異例のことだ。
記者会見で質疑応答のあとに森保監督が話を再び始めることはここ数年ほとんど記憶にない。
「オランダ人の記者の方がおられると思うので、改めてオランダの方々にも感謝申し上げたいと思っています」 森保監督が語り始めたのは、日本サッカーにまだJリーグもなかった時代の記憶だ。
「私自身は日本代表になったとき、当時プロはまだない時代でしたけど、ハンス・オフトさんというオランダ人のコーチに育てていただいて、私だけでなくて日本人の指導者が大きな大きな影響を受けて、今の日本のサッカーの発展につながっています」
さらに、もう1人のオランダ人指導者の名も挙げた。 「また、私自身は直接教えていただいた監督としては、ビム・ヤンセン監督というオランダのレジェンドの監督もサンフレッチェ広島の監督をやっていただいて、そして浦和レッズのコーチもやっていただいて、本当に日本のサッカーに大きく貢献してくださったと思っています」
すでに亡くなったヤンセン氏の眠るオランダの地を訪ねたことにも触れた。 「ビム・ヤンセンさんはもうすでに亡くなられて、去年私自身もフェイエノールトのクラブハウスに彼が眠っているということを家族の方々に聞いて、そこにお参りをさせていただいたりしました」
最後に、感謝は2人だけに向けたものではないと語った。 「その2人だけではなくて、たくさんの指導者、選手の方々がオランダからも日本のレベルアップに貢献していただいたので感謝申し上げたいと思います」
森保監督が席を立ち、会見場を去ろうとしたとき、オランダ人記者たちから自然と拍手が起きた。1人の記者は監督に向かって親指を立てるポーズをしていた。
その反響は、オランダ国内だけにとどまらなかった。Xでは、シンガポール出身のライター、メリッサ・チェン氏がこの場面を英語で紹介し、100万回以上表示され拡散されている。
森保監督の振る舞いを「graciousness and gratitude(品格と感謝)」のお手本だと称賛した。さらにチェン氏は、森保監督の発言を単なる礼儀正しさだけではなく、日本文化に根づく「オン(恩)」の感覚があると紹介している。
「日本人には“オン(恩)”という概念があります。それは、先人や助けてくれた人への恩義の気持ちです」
森保監督が持っている人柄が現れた発言でした
こういう発信は世界に日本人の持っている素晴らしさを伝える貴重なものです
先日亡くなったガッツさんはボクサー引退後、俳優やタレントとしての才能を大きく開花させた。
1981年、フジテレビの人気ドラマ「北の国から」で田中邦衛さん演じる主人公の幼なじみ役を演じ、NHK連続テレビ小説「おしん」などにも出演。
朴訥(ぼくとつ)な演技ながら、セリフを全て覚えて現場入りするなど努力を重ねる姿勢に「おしん」の脚本家橋田寿賀子さんが感激。
「一生この業界で食っていけるように」とガッツさんに役を当て書きした。
その存在感は海外の監督らにも評価され、スティーブン・スピルバーグ監督の映画「太陽の帝国」(87年)に出演。リドリー・スコット監督の「ブラック・レイン」(89年)では高倉健さん、松田優作さんら日本を代表する名優と名を連ねた。
お茶の間を楽しませたキャラクターが浸透したのは、76年に出演したTBSの人気クイズ番組「クイズダービー」。
珍回答や発言で番組を盛り上げたが、アドリブの多いバラエティーでも台本を誰よりも読み込んで臨んだという。
ガッツさん自身、「スポーツ界出身のタレントは俺がはしりじゃないか」と先駆者を自負していた。
実業家としても飲食店などを経営。2015年には「これまで9軒つぶした」などと明かすCMが話題になった。
ガッツ石松は池袋で弟が7,8人のチンピラに絡まれていると聞き 現場に掛けつけてあっという間に全員を伸ばしたという武勇伝は聞いていましたが
タレントとして真正面から向き合い 名優と名演技をしたという話は初めて知りました
15日にサッカー・ワールドカップ初戦で日本はオランダと戦い2対2の引き分けになり
勝ち点1を獲得しました
FIFAランキングでは日本は18位 オランダは8位です
前半は0対0で終了
後半にオランダが先制して0対1
すぐに日本が追いつき1対1
するとオランダが得点して1対2
後半も残り時間が少なくなった時に日本が同点に追いつき2対2
試合はこのままのスコアで引き分けました
オランダとしては格上なので日本に勝って勝ち点3を取れると踏んでいたと思います
その通り先取点を上げました
ところが日本が追いつき同点
もう一度オランダが得点して引き離しました
ところが日本がまた得点して追いつき
結局引き分けとなりました
オランダは先制したのに追いつかれ もう一度引き離しましたが また追いつかれ 引き分けました
こうなるとオランダの心理状態は負けたような気分になります
日本は格上のオランダに2度追いついて引き分けたので 気分は非常に良い状態です
次の試合にもモチベーションは上がるでしょう
2勝1分けの勝ち点7で気分よく決勝トーナメントに進んでもらいましょう
明治天皇の玄孫の竹田恒泰がヤマト建国の有力者の墓「古墳」をモデルにした 樹木葬を手掛けています
目標は100基 現在は3基が完成 3基が進行中で年内完成予定です
古墳の樹木葬を手掛けた背景は 父方の墓の問題がありました
旧宮家の墓は古墳だが三男の父は入れません 新たな古墳を建てようとしたが 調べているうちに少子化や都市の一極集中により従来型の墓の維持が困難になり 需要の主流は樹木葬であることを知りました
そこで「古墳の樹木葬も日本人の選択肢としてあってもいいと考え 企画して実行に移しました
因みに野田市の「のだほたるローズガーデン」の古墳墓は1区画64万からで 合祀墓は20万円を切るか価格設定です
我々も10年前にどんぐり庵から15分の山の上の景色がいい場所に樹木葬の墓を購入しました
ペットも一緒に入れるということでここに決めました
6月16日(火)と17日(水)のブログはお休みです
ラジオを聴いていたら経済アナリストの森永康平が夜中に蚊に十か所ぐらい刺されて
3時から眠ることが出来ずに寝不足です と言っていました
vivakenがどんぐり庵に来てから蚊に刺された記憶は18年間で2,3回です
そこでグーグルジェミニに聞きました
「蜘蛛は蚊を食べますか?」
「蜘蛛は蚊が大好きです ピョンピョン跳ねる小さなハエトリグモは蚊が大好きです 大きなアシダカグモも蚊が大好きです」問答えが返ってきました
どんぐり庵には大小の蜘蛛が何百匹もいます
パソコンに向かっていると机の上でピョンピョン跳ねる大きさ数ミリのハエトリグモをよく見かけます
古民家は天井が高く梁があるので蜘蛛が住みやすいのでしょう
蜘蛛が沢山いることは蜘蛛の餌が沢山あるということなので 蜘蛛を大事にしていますと回答したら
その懐の広い発想が18年間で2,3回しか蚊に刺されていないという効果として出ています
蜘蛛は天然の蚊退治の味方です これからもその広い心で居心地のいい生活を満喫してくださいと回答がありました
今までの蜘蛛との付き合い方が正しかったと再認識しました
プライムビデオで寅さんの『男はつらいよ』を見ています
全部で48作+スペシャル2作あります
5月27日から見始めて6月7までに25作の半分を観ました
第一作は1969年で48作は1995年です
25作も見ると山田洋二のスタイルがよくわかります
何と言っても原作:山田洋次 脚本:山田洋次 監督:山田洋二ですから
山田洋二による 山田洋二のための 山田洋二作品になります
毎回 イントロで出演者の字幕が出るときは江戸川の土手で寅さんが他人にちょっかいを出して大騒ぎなります とばっちりを食うのはアベックです
スタートは寅さんが夢を見てるシーンからです 夢から覚めてから本題になります
作品の中ではしょっちゅう つまずいたり ひっくり返ったり 頭をぶつけたり ずっこけます
寅さんとおじさんとタコ(隣の工場の社長)とひろし(さくらの夫)の言い争いから取っ組み合いになるシーンが1作品に2回は出てきます
毎回 誰かが死亡します
画面では常にだれかがタバコを吸っています
ビールや酒を飲むシーンは毎回あります
スポンサーの協力があるのか主にビールはサッポロの赤星が毎回出ます
ウイスキーはサントリーの角瓶です
映画の効果を上げるための演出には蒸気機関車が煙を吐いて 警笛を鳴らします
船が走りエンジン音がして汽笛が鳴り カモメの鳴き声が聞こえます
柴又のさくらのアパートでは電車の通過音が聞こえます
毎回 夕方に帝釈天の釣り鐘をつく姿と音が聞こえます
ちょっと気になるのは車が走るシーンでは歩行者がいても平気で荒っぽい運転をするのが目立ちます
昔はあんな運転が許された時代だったのかな〜と感じます
日本の田舎の自然の風景を実に綺麗に撮ります
当たり前ですけどカメラのアングルが素晴らしいものがあります
てなことで『男はつらいよ』は山田洋二ワールド満載の作品です
ネットを見て いすみ市大原の海鮮料理の店に「地魚の寿司」を食べに行きました
店に到着したのは11:45ぐらいで1番客でした
ランチメニューを見ると「地魚の寿司」がありません
「地魚の海鮮丼」はありましたが握りがいいのでやめました
アジフライ2枚と握り寿司6貫で2400円がメニューにありました
アジフライはふわふわで人気があることは知っていました
寿司は地魚じゃなくてもしょうがないと諦めてこれを注文しました
おばあさんが持ってきたものは 何と地魚の寿司でした
メモを見ながら「これが生のマグロ フグ アジ・・・」
うわーラッキーだな!
アジフライもコメント通りで満足でした
瓢箪から駒の気持ちでした
アジフライと言えば以前アジフライ専門店に行きました
40分ぐらい待ってやっと店内に入りました
アジフライは時価で この日は確か2600円ぐらいだった記憶です
出てきたアジフライを一口たべるとアジの味がしません なーんだ これがアジフライ専門店かよ? 自家製のタルタルソースと自慢げに言っていましたがボケた味でした
ここの料理人は味覚がぼけていると判断しました
ところがこのアジフライ専門店が『孤独のグルメ』第10話に登場するという情報を得ました
『孤独のグルメ』といえば いつも井之頭五郎が満足そうにうなって食べる料理です
そこに vivakenに落第の印を押されたアジフライ専門店が登場するとは?
やはり他人のコメントは参考に留めて信じてはいけないなと改めて感じました
食堂と名前が付く飲食店には50年以上行っていません
今回 隣町ではなく隣村(千葉県で唯一の村)のK食堂に昼食を食べに行きました
家から15分と近く 手打ちそばがあり 鴨せいろがメニューにあった
この条件があったので行ってみることにしました
メニューには手打ちそばは機械製のそばより200円高い金額でした
鴨せいろは天ぷらそばより価格が高く そばのメニューで一番高いものでした
それなら鴨せいろもそれなりのレベルがあると思い 手打ちの鴨せいろを注文しました
10分弱で鴨せいろが出てきました
鴨つゆを見ると鴨はロースを使っていました
ネギは焼きが浅く焦げ目がありませんでした
一口すすると鴨の味は出ていましたが少し薄い味でした
そば粉は八ヶ岳産を使っていると書いてありました
ホシは見えませんでした
手打ちのせいか 少し太めでした
水切りはちゃんとできていました
そばを鴨汁につけてツルツルすると まーこんな感じかな
価格が安いので まーこんなもんでしょう
価格と品質のバランスは取れていました
でも満足感はないので これでお終いにしました
近所のスーパーマーケットのカスミ(イオン系)のポイントカードが新たに変更になりました
買い物を終えて清算するときにポイントカードをかざそうとすると 画面がいつものとは違っていました
画面を眺めていると店員がやって来て
「そのカードは使えなくなりました 新しいカードが必要です」
と言いながら 新しいカードとその説明のパンフレットをくれました
「このパンフレットに必要事項を記入しカードに記載されている16桁の数字を記入してください
パンフレットの最後は封筒になっているので記入済みの書類を入れて郵便ポストに投函してください」 と言われました
今時 新規の入会のためにボールペンで紙に記入して郵便ポストに投函しろとは ずいぶん時代遅れで面倒なことをやらせるなと思いました
家に帰ってパンフレットを見ると書類に記入して郵便ポストに投函する方法とQRコードからwebで登録する方がありました
店員はvivakenが田舎の爺さんなのでwebで登録はできないと思い 書類に記入する方法だけを説明したのです(vivakenをなめちゃいけないぜ)
当然のことながらwebで登録して会員登録を済ませました
前日も新しい歯医者で診察券をカードにするかスマホにするか聞かれたので スマホを選択して自分で登録しました アプリは『Myはいしゃさん』という臼歯の絵柄のものでした
国民民主党の玉木代表が朝の文化放送の番組で7時過ぎに出演する予定になっていました
文化放送の6時から始まる『おはよう寺ちゃん』です
玉木はタクシーを止めて「ニッポン放送まで」と運転手に告げました
自動運転のAIタクシーなら「はい承知しました」と言ってニッポン放送に向かいます
ところが運転手は6時から『おはよう寺ちゃん』を聞いていました
番組の中で「今朝は7時過ぎに国民民主党の玉木代表を迎えていろいろと話を聞きます」と言っていました
そのことを知っていた運転手は「『おはよう寺ちゃん』はニッポン放送ではなく 文化放送ですよ」と告げました
玉木は勘違いに気付き運転手に感謝すると同時に 文化放送へ行くようお願いしました
もし運転手が『おはよう寺ちゃん』を聞いていなかったら または自動運転のAIタクシーだったら 玉木はニッポン放送に到着して赤っ恥を掻いたことでしょう
因みにニッポン放送で6時から始まる番組は『飯田浩司のOK! Cozy up!』です
明日6月5日(金)のブログはお休みです
3月にレンギョウが咲き春の花のリレーが始まりました
その後はサクラ シモクレン ツツジ クレマチス サツキ 最後にヤマボウシが咲き終わり どんぐり庵の花リレーは終了しました
冬の間はモズが鳴き 2月からウグイスが鳴き始め コジュケイ ホトトギス そしてキジが一日中 元気に時間をおいて鳴いています
昨日もメスのキジが庭に舞い降りました 心配したオスが向かいの庭から呼んでいました
新緑の広葉樹の葉の色も少しずつ色が濃くなっています
初冬に刈り込んだケヤキ コナラ モミジが枝をグングン伸ばしています
ブナも葉をびっしりと付けています
3年目のシダレザクラも枝を伸ばし葉もびっしりと付けています
イチョウは一段背を伸ばしています
唯一 葉の黄緑色をキープしているのはカキです
8mぐらいに成長したハゼが何故か枯れてしまいました
4mぐらいのサンショウも枯れてしまいました
地面を見るとジュウニヒトエの花が終わった後にユウゲショウが庭中に咲き始めました
今年は裏にもユウゲショウが咲いています
雑草は年々少しずつ種類が変わってきます
以前は庭一面に名前が分からない黄色い綺麗な花を咲かせる草がありましたが 3年ぐらいでぱたっと姿を消してしまいました
そんなこともあり数年前から咲き始めたユウゲショウがどうなるのか気になります
2年前に英国製本革ショルダーバッグを購入しました
先日 バッグの形を保持するための外周のパイピングの皮が擦り切れて 一部に樹脂パーツが表れているのを確認しました
たった2年でこれかい?
十数万円したので 2年でポイはちょっと気持ちの整理が出来ませんでした
そこでネットで本革バッグの修理が出来る店を探しました
家から1時間弱の場所に1軒あるのを見つけました
電話で状況を説明すると20000円ぐらい修理費が掛かりそうという見解でした
詳細は現物を見てから判断したいという意向でした
翌日 店を訪れるとプレハブの倉庫のような建物でした
中に入るとバッグや革ジャン ソファーなど革製品であふれていました
現物を見ると やはり修理代は20000円ということでした
30000万円ぐらい出せば 新しい本革のバッグが買えます
しかし 2年でポイするのはやはり もったいない気がしました
30秒ぐらい考えて 修理をすることに決めました
納期を確認すると11月末ということでした
1か月ぐらいで出来ると思っていましたが 半年かかるとは正直意外でした
修理すると決めたのでお願いすることにしました
『釣りバカ日誌』20巻を2週間で観ました
『釣りバカ日誌』は1988年にお正月映画としてスタートし2010年まで22年間続きました
主役は西田敏行と三國連太郎です 脇役に谷啓のキャスティングです
三國連太郎は大手ゼネコンの社長役 西田敏行は営業の万年平社員役 谷啓は西田敏行の上司の課長役です
第一回目の三國連太郎は大手の社長役にはまり込んでいませんでした
これが回を重ねると段々社長の雰囲気が出てきました
邸宅に住み 運転手付きの車に乗り 会社に到着すると4,5人の社員が向かいに出て
社長室の椅子に座り 役員会を取り仕切り 他の企業のトップと面会し 一流のホテルに泊まり 一流の店で食事をするという役をこなしている間に いつの間にか大企業の社長の風格が出てきました 後半の三國連太郎はいい感じでした
西田敏行は万年平社員の役ですから最初から最後までほとんど変化はありませんでした
谷啓も万年課長の役のためほとんど変化はありませんでした
谷啓は2010年に78歳で鬼籍に入りました
三國連太郎は2013年90歳で鬼籍に入りました
西田敏行は2024年76歳で鬼籍に入りました
皆さんが亡くなってから 初めて『釣りバカ日誌』の22年分を2週間で観ることにより 三國連太郎の役柄の変化をよく見ることが出来て興味深いものがありました
『釣りバカ日誌』を見終わった後に『幸福の黄色いハンカチ』を観たら 武田鉄矢のセリフのリズムとテンポが『釣りバカ日誌』の西田敏行と全く同じだったことに気付くという新しい発見がありました