出演依頼
女優でもないのに 高倉健の妻役に大抜擢! とっておきの出会い物語、「高倉健さんとのま・さ・か」。 私と健さんとの大きな出会いは、1983年の映画「居酒屋兆治」で高倉健さんの演じる兆治の妻、茂子の役を演じたこと。 そう、それに尽きる。でも思い出すほどに、健さんとのご縁が心に深く刻まれている。
映画への出演依頼が届いた時、私はとっても驚き、お断りした。 「健さんのファンの1人と
して思います。女優でもない私のようなものが妻役なんてダメです」 すると、東宝のプロデューサーの方が、わざわざ私の事務所まで再度プッシュに来られた。 「女優はいっぱいいますが、加藤登紀子は1人しかいない。その加藤さんとして出演してほしいんです」と。
そうまで言われたら、私もお引き受けするしかない。「よろしくお願いします」と頭を下げたのだった。 でもこの後、帰りのエレベーターが来るまでにふっと間が空いて、振り向いた彼の口からこんな言葉がこぼれた。
「健さんね、あんまり美人が好きじゃないんですよ」 一拍おいて「ああ、そうなんですね!」と深く頷いた私。 なんだかすごく納得できて、まあ選んでいただいた理由もわかり、健さんの気持ちもわかり、嬉しかった!(笑)
気が楽になった健さんの言葉 「そこにいて遊んでてください」 そうして映画のロケが始まったのは北海道函館市。 丘の上の自宅前、10年連れ添った夫が急に会社を辞めて、焼き鳥屋になる、と言い出して、ちょっと困っている妻が心配しながら夫を送り出すシーン。
セリフはなんだったか覚えていないけど、「行ってらっしゃい」的な軽い一言だったと思う。 でも天下の大俳優とのそれが最初の共演。さすがに緊張していて、思ったより声が上ずったような気がした。
撮影終了後に「ちょっとセリフのキーが高くなかったですか?」と健さんに聞いた。 そうしたら、健さんは嬉しそうに笑って、あの低い声でこう仰った。 「セリフのキーなんて気にしないでください。あなたにはこの映画の最後に『人が心に思うことは誰にも止められない』というセリフを言ってほしくて、出演していただいてるんです。あとはもうそこにいて遊んでてください」 この一言は大きかった。
ぐっと楽になって、私もなんとなくわかった気がして、本当に楽しく遊ばせていただいた。 監督の降旗康男さんもカメラの木村大作さんも素晴らしいベテランで、健さんとの息もピッタリで、何の無理もしない、演技らしいこともしない、そんなやり方ですべてが進んでいった。
一番の大掛かりな場面は、大きな交差点に群衆が繰り出し、祭りの山車が通り過ぎ、その瞬間に通りの向こうの警察署から痴話喧嘩で相手を殴り留置されていた健さんが釈放されるシーンの撮影だった。
私はただ交差点のこちら側で佇み、出てきた夫を見つける。それだけの場面。 関わっている人の多いカットだけにやり直しはできない大変な撮影だったのだけど、あっという間に終わってホッとしていると、監督が木村さんと一緒に走ってきて、「イヤーよかった。あんな佇み方は他の人にはできません。感動しました」だって! 当の本人は何のことだかわからない。ただ立っていただけなのに、と思った私。
加藤登紀子は藤本敏夫が学生運動で投獄され それを見舞いに行き 獄中結婚することになりました 高倉健はこの経緯を知っていて 加藤登紀子なら『人が心に思うことは誰にも止められない』というセリフを上手く醸し出せると確信して 出演を依頼したと想像しています
映画への出演依頼が届いた時、私はとっても驚き、お断りした。 「健さんのファンの1人と
して思います。女優でもない私のようなものが妻役なんてダメです」 すると、東宝のプロデューサーの方が、わざわざ私の事務所まで再度プッシュに来られた。 「女優はいっぱいいますが、加藤登紀子は1人しかいない。その加藤さんとして出演してほしいんです」と。
そうまで言われたら、私もお引き受けするしかない。「よろしくお願いします」と頭を下げたのだった。 でもこの後、帰りのエレベーターが来るまでにふっと間が空いて、振り向いた彼の口からこんな言葉がこぼれた。
「健さんね、あんまり美人が好きじゃないんですよ」 一拍おいて「ああ、そうなんですね!」と深く頷いた私。 なんだかすごく納得できて、まあ選んでいただいた理由もわかり、健さんの気持ちもわかり、嬉しかった!(笑)
気が楽になった健さんの言葉 「そこにいて遊んでてください」 そうして映画のロケが始まったのは北海道函館市。 丘の上の自宅前、10年連れ添った夫が急に会社を辞めて、焼き鳥屋になる、と言い出して、ちょっと困っている妻が心配しながら夫を送り出すシーン。
セリフはなんだったか覚えていないけど、「行ってらっしゃい」的な軽い一言だったと思う。 でも天下の大俳優とのそれが最初の共演。さすがに緊張していて、思ったより声が上ずったような気がした。
撮影終了後に「ちょっとセリフのキーが高くなかったですか?」と健さんに聞いた。 そうしたら、健さんは嬉しそうに笑って、あの低い声でこう仰った。 「セリフのキーなんて気にしないでください。あなたにはこの映画の最後に『人が心に思うことは誰にも止められない』というセリフを言ってほしくて、出演していただいてるんです。あとはもうそこにいて遊んでてください」 この一言は大きかった。
ぐっと楽になって、私もなんとなくわかった気がして、本当に楽しく遊ばせていただいた。 監督の降旗康男さんもカメラの木村大作さんも素晴らしいベテランで、健さんとの息もピッタリで、何の無理もしない、演技らしいこともしない、そんなやり方ですべてが進んでいった。
一番の大掛かりな場面は、大きな交差点に群衆が繰り出し、祭りの山車が通り過ぎ、その瞬間に通りの向こうの警察署から痴話喧嘩で相手を殴り留置されていた健さんが釈放されるシーンの撮影だった。
私はただ交差点のこちら側で佇み、出てきた夫を見つける。それだけの場面。 関わっている人の多いカットだけにやり直しはできない大変な撮影だったのだけど、あっという間に終わってホッとしていると、監督が木村さんと一緒に走ってきて、「イヤーよかった。あんな佇み方は他の人にはできません。感動しました」だって! 当の本人は何のことだかわからない。ただ立っていただけなのに、と思った私。
加藤登紀子は藤本敏夫が学生運動で投獄され それを見舞いに行き 獄中結婚することになりました 高倉健はこの経緯を知っていて 加藤登紀子なら『人が心に思うことは誰にも止められない』というセリフを上手く醸し出せると確信して 出演を依頼したと想像しています
2026/05/29(Fri) 05:20:52 | 里山にて

千葉県長生郡睦沢町ってこんなところです

Re:出演依頼
人には 一人ひとり本当にいろんな人生があり奥深いものだと つくづく感じています。