旅人番組

今からちょうど10年前の2016年7月7日、永六輔が亡くなった。83歳だった。1933(昭和8)年生まれの永は、草創期からテレビに携わり、放送作家、作詞家、タレント、また作家としても活躍してきた“異能の人”だった。

ジェリー藤尾が歌った「遠くへ行きたい」という曲に聞き覚えのある人は少なくないはずだ。「♪知らない街を歩いてみたい どこか遠くへ行きたい」というあの歌詞は永が書いたものだ。そして曲名と同じタイトルの番組が半世紀以上も放送され続けている。

萩元プロデューサーは、この番組を名所旧跡や名物を見せる「旅行番組」にはしなかった。「
旅のドキュメンタリー」を目指したのだ。萩元とともにテレビマンユニオンを起こし、初期の

「遠くへ行きたい」を演出した今野勉によれば、それは「移動する旅人を撮ることであり、旅人と旅先で出会った人との会話を撮(録)る」番組だった。

まだ小型ビデオカメラがない時代で、ロケは16ミリのフィルムカメラで行われた。
放送開始当初、この番組のタイトルは「六輔さすらいの旅 遠くへ行きたい」だった。

スタートからの半年間、カメラは旅をする永をひたすら追い続けた。ドキュメンタリーにおいて、ドラマのような“迎え撃ち”の映像などあり得なかった時代だ。カメラは常に永の背後からついてきた。

その後、永は番組を抜けることになるが、五木寛之、野坂昭如などの作家や文化人が「旅する人」として続々と登場。予定調和とはほど遠い、異色のドキュメンタリー番組として評判になった。やがて、渡辺文雄、藤田弓子といった“旅巧者”のレギュラー陣も参加して、50年以上も続くことになる長寿番組の基礎が固まっていったのだ。

今でもこの旅人の番組を日曜日の朝6:30から観ています
2026/08/03(Mon) 06:12:47 | 里山にて

Re:旅人番組

「遠くへ行きたい」の背景は このようなことでしたか
今のイメージと その昔のイメージと ほとんどマッチしません 
永さんのその時代をライブで知っています 
短髪で 白髪交じりヘアーのころが印象的です
いずれにしても 決して埋没しない個性派だったといえると思います。
guest(2026/08/03(Mon) 06:54:53)
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