蘊蓄

ラジオで経済アナリストの森永浩平(森永卓郎の長男)が名古屋にまつわる蘊蓄を披露すると言いました
「関東では茶碗などの陶磁器を『せともの』と言いますが これは愛知県の瀬戸で焼かれたモノだから『せともの』と言うのです」と言いました

この程度の事は関東の多くの人が知っているはずで あえて蘊蓄という程の事ではありません

「関東では陶磁器を『せともの』と言いますが これは愛知県の瀬戸で焼かれるので そう言いますが 西日本では『からつもの』といいます これは唐津焼に由来しています」
せめてこの位のことを言わないと 蘊蓄とは言えないと思いました

蘊蓄者と言えば先般 原発不明がんで亡くなった山田五郎と言って異論を唱える人はいません
美術評論家 編集者 タレントとして大いに活躍しました
西洋美術や街づくりや時計などについて詳しく 分かりやすく説明してくれました

vivakenは10数年前にどんぐり庵から4kmぐらいのところにある 行元寺に『波の伊八』の欄間を見るために訪れたことがあります
『波の伊八』の作品の『波と宝珠』は北斎の『神奈川沖浪裏』などの画風に強く影響を与えたと言われています

案内してくれた住職に「お見かけしたところ蘊蓄が深いようにお見受けしますが・・・」と言われました 『波の伊八』のことなど何にも知りません ここは住職の問いには応えず黙って説明を聞いたのを思い出して笑っちゃいました

スルー

8月2日(日)に大原漁港に近い海鮮料理店で地魚の寿司を食べることにしました
この店は予約をしないと食事が難しい店でした
木曜日に10回ぐらい予約の電話をしましたが繋がりませんでした

翌日の金曜日の14時過ぎにダメもとでもう一度電話を入れました
10回コールしても電話がつながらなかったら 諦めることに決めていました
ところが5回で電話がつながりました
8月2日(日)12時で二人 『特選地魚握り寿司』を注文しました

当日 時間通り店に到着しました
名前を伝えるとアルバイトと思われる高校生らしきスタッフが席に案内してくれました
店は一席だけ空いて予約の札がテーブルの上に置かれてあり その他の席はすべて埋まっていました

すでに着席している客にも料理が届いてなかったので 我々に配膳されるまでにはそれなりに時間が掛かりそうでした
待つこと30分ぐらいしてスタッフが注文は決まりましたか?と言いました
えっ!! 予約の時に料理も『特選地魚握り寿司』で伝えましたよ!

普通ならスイマセンと言って 優先して作るはずなのに 後から来た客に料理が出されました

結局 料理が出てきたのは さらに30分経過した13時でした
要するに司令塔が無く 板さんに変更を指示できず 板さんは注文が入った順番で作るだけでした
12時予約は完全にスルーされました
一言文句を言いたいところでしたが 言ってもしょうがないと思い止めました

明日から夏休みのためブログの再開は8月17日(月)になります

秋田美人

毎日 朝から夕方までセミの鳴き声のシャワーを浴びることが出来て幸せです

スケートの高木美帆が国民栄誉賞を受賞しました
記念品は包丁10本セットでした
記念品は本人の希望するものを予算100万円以内で選ぶそうです

第一回の受賞者は王貞治でした
記念品は『鷲のはく製』でした 当時の首相はスルメおじさんの福田赳夫でした
何とセンスのないものを送るのだろうと王貞治に同情しましたが 実際は本人の希望でした

武田鉄矢が秋田で酒を飲みに行きました
そこには色白の美人が居ました
これが秋田美人か! なるほどなー!
客との話も上手いし 大満足をしたのです

暫くして その美人が秋田に来て 5年になると言いました
えっ? どこから来たの?
博多からです

秋田美人とばかり思っていましたが 実は博多美人でした
日本の三大美人は 秋田 博多 京都 と言われています

秋田美人は色白で肌のきめが細かいと言われています
博多美人も色白でキメが細かい肌だそうです

武田鉄矢の出身地は博多です
秋田美人と思っていたら 実は博多美人でがっかりしたと思いきや
わが故郷の博多美人となると 腹の中ではまんざらではなかったと思います
博多美人は秋田美人に負けていないぞ! よっしゃ! と思ったかもしれません

全英女子ゴルフチャンピオン

「AIG女子オープン」をプレーオフの末に制し日本人7人目のメジャー覇者となった桑木志帆。

ALBAの動画チャンネルALBA TVでは大きなタイトルをつかんだ23歳の若かりしころ(今も若い)に密着し、一人暮らしをする自宅にまで押しかけていた。18歳当時から変わらぬ世界への思いと勝負強さがあった。

2020年度(21年)6月のプロテストに岩井姉妹、佐久間朱莉らと同期で一発合格。
番組ではテストを振り返り「3日目を終えた時点で27位だったんですけど、朝ちっちゃいカバンから1万円が出てきて“ラッキー”って思ってたら、占いで97点で”努力が実る日”って書いてていけるな、と。これ、絶対受かるわと思ってました」とコメント。

その言葉通り最終日に2つスコアを伸ばしカットラインギリギリとなる20位タイでテスト合格を果たした。

「挫折は多かったですね。日本女子アマにも1打差で行けなかったり、結構泣いてました。すぐ泣いて落ち込んじゃうタイプ」と語るが、プロとして戦ううちに技術面だけでなく精神面でも成長。

18歳当時から「私は持ってますね。めちゃめちゃ運が強い。“持ってるなぁ”と思う」と自己評価していたが、応援に駆けつけた両親の前で大きな大きなタイトルをつかみ、“持ってる”ぶりを世界に見せつけた。

「将来的には日本でも世界でも活躍できるプロゴルファーになりたい。いずれは世界で戦ってみたいなと思います」と語るシーンがある。今大会の優勝をきっかけに2027年からは世界へフィールドを移行。18歳が描いた青写真は現実のものとなる。

「自分は運が強い 持っている」と信じ込んでいるところが 土壇場の強さに繋がっているように感じます

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