橋幸夫

先日亡くなった橋幸夫について徳光和夫が語っていたのを紹介します

フリーアナの徳光和夫(84)が10日、大御所演歌歌手・橋幸夫さん(享年82)の告別式(都内)に参列。橋さんが日本の音楽界に与えた功績を解説した。

1960年の橋さんデビュー当時、徳光は大学生。レコード屋をキャンペーンで訪れた姿も「(デビュー曲の)『潮来笠』が売れて、黒山の人だかりだった」とよく覚えている。当時はロカビリー全盛期だったが、「17歳の橋さんが股旅演歌でデビューをすると、のちの氷川きよしになるんじゃないでしょうか、結びつくわけであります」と、後進に道をつくった人だと指摘。

5歳ほど年上の故・美空ひばりさん(享年52)が「橋さんの誠実さを高く評価していましてね」とも明かした。

「ひばりさんのお宅に伺って、仏前にですね、水晶の玉があったんでありますけど、『これはどういうものなんですか?』ってったら『これはねぇ、なんか非常に高貴なモノらしいのよ。幸夫ちゃんがくれたのよ。幸夫ちゃんホント義理堅くてねぇ。何かちょっと面白いモノがあるとねぇ、持ってきてくれんのよ』ってな、ひばりさんの言葉も大変僕は印象的だなっていうふうに思えてなりません」

80年代半ば、橋さんがプロデュースに関わった「セイントフォー」は、今でも伝説のアイドルグループ≠ニして語り継がれているが、徳光は「橋さん、常に新しい音楽ってものに対してご自分で気に掛けていただろうし、で、また自分で歌えるってところがねぇ、橋さんの魅力でした」と指摘。90年代後半に人気だった音楽バラエティー番組「THE夜もヒッパレ」(日本テレビ系)でのエピソードも明かした。
「当時のJ―POPのハシリみたいな歌が、雨後の竹の子のように出てきた時にゲストで出られまして、あの橋幸夫さんが当時J―POPを軽快に歌って、しかもキーを落とさずに歌うってのが橋さんの特徴で…」

2010年、橋さんの芸能生活50周年コンサートで司会を務めた徳光は、驚いたという。「吉永(小百合)さんと一緒に『いつでも夢を』(62年)を歌ったんですね。吉永さんもすごいなと思ったんですけど、ホントにレコーディングした時のキーで、お二人ともお歌いになりましてね」。当時橋さんは67歳、吉永は65歳だった。

昭和の歌謡曲を代表する歌手橋幸夫の一面を紹介しました
2025/09/16(Tue) 06:23:15 | 里山にて

Re:橋幸夫

たくさんのヒット曲をお持ちで ご本人はその中で思い出多い曲もたくさんあることと思います
晩年 周りから見れば???な行動も多かったことを想像します ご冥福をお祈りいたします。
guest(2025/09/16(Tue) 06:41:44)
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