憧れ度MAX

ビームス(衣料品・雑貨の小売業)の社長である設楽は小学1年生の時、長嶋さんが表紙になった雑誌の懸賞で1等の双眼鏡が当たり「長嶋さんにもらったんだ」と傾倒。小学校入学の年に長嶋さんが巨人入りし、大学卒業の年に現役を引退と、共に青春時代を歩んだ。

トイレを使う時は右から3番目、ティッシュは3枚ずつ、テレビ音量の調整は3メモリ…。「3」のとりこになった。「トイレは他が空いていても右から3番目の後ろに並ぶので、気持ち悪がられます(笑)」と徹底している。  

社長就任後、パーティーの席上で姿を見かけることはあったが、足が震えて動けず「憧れ過ぎて、半径3メートル以内に近づけませんでした」。

そんな設楽氏に04年、一緒にゴルフをする機会がやって来た。
ミック・ジャガーと食事をした時も、スティービー・ワンダーにピアノを弾いてもらった時も緊張しなかったが「長嶋さんは別格でした」。

前夜は一睡もできなかった。  
普段の講演会ではアドリブがモットーだが、この時ばかりは単語帳にびっしり会話のタネを書き込んだ。18ホールを回った記憶は、ほとんどない。

スタート前の記念写真で肩を組まれた瞬間、「背中から羽が生えて、30センチ浮きました」。  

今でも脳内にこだまするのは、あの甲高い声だ。「ドンマ〜イ」「ナイスショ〜ット」。そして、誰にでも優しい姿。

食事中、ゴルフ場のスタッフから100枚超のサインを頼まれ、ラウンド中は常にファンが後を追った。
それでも、あのスマイルを崩さなかった。「誰にでも同じ態度で接するんですよ。嫌な表情一つしない」  

ゴルフの結果は…。「後ろで神様が見ていると思ったら、空振りもして、全く芯に当たらない。
何度も林に入れてしまって」。そんな時、長嶋さんが率先して草をかき分け、一緒にボールを探してくれた。

「自分が先に見つけたんですけど、長嶋さんに見つけてほしくて。長嶋さんが手にしたボールは、ポケットに入れて、家宝にしました」  

翌朝テレビを付けると、長嶋さんは青梅マラソンのスターターを務めていた。「長嶋茂雄をやるのは、大変だな」。その2週間後の3月4日、脳梗塞で倒れた。

共にしたラウンドは、長嶋さんにとって最後のゴルフと言われている。  
その時に記してもらった2枚の色紙には「強運」「プレッシャーを楽しめ」としたためられている。

「ビームスが『ハッピーライフ』を掲げている根底も、長嶋さんの影響が強いです。元々、太陽であり、神様でしたので、それが本当の神様、太陽になった。
光、明るさ、ハッピーを与えてくれる太陽は、この先もいつまでもなくならないですからね」。

達筆を眺めながら、設楽氏は会社の道筋をも照らしてくれた長嶋さんに感謝した。

ここまで長嶋茂雄に憧れるとは 設楽にとって長嶋茂雄は『長嶋教』の教祖的存在だったのでしょう

明日8日(火)から18日(金)までブログはお休みします
ブログの再開は22日(火)になります
2025/07/07(Mon) 06:19:42 | 里山にて

Re:憧れ度MAX

どうしてもこうありたいとか こうなりたいとか
あこがれるとか
女子にはそういうカリスマ性のある人がいなかったということなのかもしれませんが いつもこの人素敵 程度で終わって生きてきた感じがします。
guest(2025/07/07(Mon) 06:42:27)
Tittle: Name:

Profile

New Entries

Comment

Categories

Archives(913)

Link

Search

Free