緑ばかりじゃつまんない

ここ半年以上 体調を崩していた西西の隣人は 夏を乗り越え やっと 元気を取り戻しました。

作業の後片付けをしていると 一年前そうであったように 大きな声で呼びかけられました。

お勝手から見えるところに ひまわりを植えたけれど これが良かった。
毎日 花を見ながらお勝手をやっていると 楽しい気分になる。
種が取れたら 上げるから 来年は植えてね。
緑ばっかじゃ つまんない。

は〜い 待ってますよ
と答える私です。

この話とは 別のことですが 私は ある隣人の体調回復に一役買ったのではないかと 密かに思っていることがあります。

甥の結婚式のお祝いにと お赤飯を炊きました。
いつもお世話になっているその方にもお持ちしたところ あまりの出来栄えのよさに 
「都会育ちが こんな上手に赤飯を炊いた。」と たいそう褒めてもらいました。

その翌日
「今朝 作ったから 安心して食べてね。」
と 散らし寿司を持ってきてくれました。
ミツカンの散らし寿司ではなく 一つ一つ刻んだ手の込んだものです。

届けてくれたときには 朝早くから仕事をしたことがありありと分かる 疲れた顔をしていました。

大変美味しく頂き そのことを伝えました。
よそからも 褒められたと 嬉しそうに話していました。

その頃からです。訴えていた不調が徐々に減ってきたのは。。
たまたま私の持っていったお赤飯に 何かを刺激され その頃から とても意欲的になり 徐々に回復してきました。

私だって 同じ様な事がありますもの。
ぐずぐずしていた気持ちがなんかのきっかけで さ〜と晴れてしまうことが。

胡蝶蘭

今年2月 庵主の退職の日 妹夫婦は3株仕立ての胡蝶蘭を贈ってくれました。
花束ならともかく 胡蝶蘭のそれも3株仕立てなど 夫の慰労とはいえ我が家にはなんとも贅沢なもので、たいへんびっくりしました。

長い事2ヶ月くらいは楽しませてもらいました。

欲が出た私は 夏にもう一度咲かせることが可能という案内に従い 管理していました。
植え替えは 花が咲くか咲かないか分からないものの 花が終わってからと理解しました。

梅雨の終わり頃 1株が全ての葉っぱを落とし、お別れ。
お盆の厚い暑い夏休み 1週間留守にして 次の1株がお別れ。

今最後の1株を何とか保っていますが 怪しい気配。
大きな葉っぱがしなびてきて これはイカンぞと言う雰囲気です。

生命力頼みという 我が家にやってきた胡蝶蘭の運命です。

新生姜の甘酢漬け

どんぐり庵の隣人が一目置く畑先生から
葉付きの新生姜をいただくことができました。

たまり漬けが頭に浮かびましたが まさか 甘酢漬けを作る事になるとは思っていませんでした。
眺めていると 生姜から芽が出ているところがありました。
「もしかしたら これを植えておけば生姜になるのか。」と ミョウガの葉と同じ様な葉なので 次々増えていくのかと思ったのです。

考えていても分からないので お伺いし
「いただいたのを植えておいたら 大きな生姜になりますか」とお尋ねしたところ
そうは行かなくて 4月ごろ苗を買って植えて育てるのだと お聞きしました。

そして 「どんなふうに召し上がりますか」とお聞きしたところ 甘酢に漬けるという答えでした。

矢継ぎ早に 薄くスライスしたあと 下茹でをするのか 塩でもむのか などお聞きしたところ
「ただ そのまま甘酢にいれればいい」

わたしは 家にむかいながら
「なんとも 楽チン お手軽だな」
と早速甘酢を作り さまし 生姜をスライスし漬け込みました。

サクラ色より黄色味のあるやさしい色で 10分もすればシャキシャキと 自家製でなければ味わえない作り立ての爽やかさ味わえました。

生姜の育て方を読むと 簡単ではなさそうですが 来年生姜の苗に出会ったら 一回はチャレンジするつもりです。

アリの実

市川・鎌ヶ谷の梨と言えば 評価の高いものです。
真っ先に収穫される幸水は ミズミズしさと20世紀梨から受け継いだ歯ざわりのよさで大変バランスのいい梨だと思っています。

同じ千葉県でも 睦沢に出回る梨は 一宮周辺のものと明記されています。
市川・鎌ヶ谷の梨は 一袋いくらのお徳用では 見かけません。

先日 鎌ヶ谷の梨園で身内が買ってきてくれた 幸水を庵主に届けました。
長年親しんだ味は いいね〜美味しいね〜 と笑みがこぼれました。
市川霊園を囲む 多くの梨園で美味しい梨が出荷されます。

少し小粒ですが 甘みが乗り当たりの年のようです。
もうじき幸水も終わり 豊水の出番となります。

処暑も過ぎ

日の入りの時刻が 18時18分
手元が暗くなるのが 段々早くなります。

菜園や植木の水遣りに 一時間は必要としていた庵主は 日照りから解放され 「一時間助かった」と草を抜いたりしています。

夕方4時に 時刻を知らせるチャイムが鳴ります。
つい10日前の夏休みとは お日様の角度がすっかり変わったことが感じられます。

睦沢はボツボツと稲刈りが始まりました。
田んぼの稲は 6月に雨ばかり降り 収穫を心配されましたが 豊作の年になりそうです。

ねぎは育つか

「余分な苗があるから あげるね」
とご近所が持ってきてくれました。

夏休みのうちに 植えつけてきました。
無手勝流で・・・

ことが済んでから ねぎの育て方を読むという 行き当たりばったりの仕事になりました。

ポイント!!
土の通気性をよくして、PHの調整を。(酸性土に弱い。)

苦土石灰は手元にありましたが 使わずじまいで 油粕を遠目に撒きました。
土は 通気性など期待できない粘土質。
あ〜ぁ 苗をくれた方は もう あきらめているだろうな。

不思議な豆腐やレストラン

実は不思議でもなんでもない れっきとした お豆腐料理をコースで出す 看板のないお店です。

お豆腐料理をコースで出すというは間違いでした。訂正させていただきます。申し訳ありませんでした。

どんぐり庵から 車をゆっくり走らせても 10分そこそこのところに 看板のないレストランがありました。

お盆の一日 親戚と会食をすることになり 指定されたお店が 「八起」という お豆腐料理の店でした。いすみ市も睦沢に近いところで 細いくねった道を行くと田んぼの端っこにその店はありました。

聞けば先代さんは 大原で店を構えていたとか。
古材や 古い調度品を集めたインテリアです。

私にとって不思議とは 宣伝もしない 看板もない こういう店が現存し 家族経営なのか 人を雇っているのかよく分かりませんが 数人で店をまかないきる事が この地で経営が成り行くことに とっても 不思議な気持ちになるのです。

予約のみ。
3日前に必ず予約を入れること。
そんな中での お商売です。

なぞの掘り穴

裏山の少々平らなところに 直径6〜70センチの堀跡が4ヶ所ほどありました。
たぶん いのししの仕業かと思いますが なぜ掘ったのか よく分かりません。

見ると竹の地下茎を食いちぎっています。
暑さ続きで食料がなく タケノコでももとめて掘ったのでしょうか。

庵主は「トリフでもあるんじゃないの。」と冗談めかして言っています。
「あ〜トリフね。椎茸の網焼きバター添え のほうがず〜と美味しいよね。」
とつぶやく私です。

1ヶ月以上ろくな雨が降らなかった睦沢ですから イノちゃんもひもじい思いをしているのかもしれません。

リハビリウォーキング

農作業にしても 庭仕事にしても 体を上手に使って メンテナンスをしながら行動していないと えらい事になりそうな気がします。

腰が曲がって伸びなくなったり 手指の関節がスムースに動かなくなったり・・

スポーツをやるときは 準備運動 整理体操を欠かさぬようにと心がけてきました。
しかし 体を使う作業に当てはめなければいけないと思いつつ ないがしろになります。

この夏休み 作業初めは なるべく少しでも歩いて 体のバランスを整えるようにしました。
それでなくとも 年齢と共に体がゆがんでいる事を実感しています。
歩く事で それもサッサ スタスタ 歩く事でバランスを取り戻そうと考えました。

わたしには 有効なリハビリでした。

枝豆

「豆類は 肥料がなくても 大丈夫」
こう聞いていましたが 振り返ってみると それも程度の問題でした。

わずかばかりに実った枝豆をつまみながら
庵主と語りました。

この土地を買ったのが 2004年のお盆明け。(もう 4年が経ったね〜)
その年 軽トラック一杯の 鶏糞と籾殻を混ぜた完熟堆肥を購入し、すきこみ 翌年植えた枝豆は豊作でした。
「豆ってこんなに簡単に出来るものか。」と 鶏糞を入れたことなどすっかり忘れて 思ったものでした。

今年は 別の場所に ただただ土をかき寄せた  油粕をほんの気持ち混ぜ込み 枝豆を植えました。

実入りも 実付き も悪く 土づくりの大切さを改めて身をもって知りました。


土を耕さず 無農薬・無肥料・無除草の自然農法を実践された 福岡 正信さんが老衰で亡くなりました。
本に書かれていることだけでは 伝わらない何かがあったのでしょう。
ご冥福をお祈りいたします。 

夜が明けたら

本日の日の出は5時と報じられています。

日の出をキャッチしたセミたちは 朝日の僅かな明るさと共に いっせいにミーンミーンとなき始め 日の出と共にその声はやや静かになります。

この時期ですから 命尽きたセミたちが あるときは蜘蛛の巣に引っかかり 蜘蛛の栄養源となり 地上に落ちたものは 蟻が生きる糧としているようです。

今年は少ないと言われたセミの鳴き声も ここ睦沢では無縁な話です。

セミの声は 子供の頃の夏休み 目標もテーマも無く 家の手伝いをするわけでもなく 泳ぎは苦手で、不耕貪食の頃の青い空を思い出します。
昔の罪滅ぼしに あせもを作りながら 庵主には 「この時間 睦沢で外仕事をしているのは あなただけよ。」と言われながら 草を抜いたり 枯れ草を運んだりしています
  

盆の入り

墨染めの絽の衣をまとった僧侶が バイクに乗って各家を回っていました。

人々は 提灯と供物らしきものを手に 集落の墓地に向かいます。
聞けば 家の中の仏壇は 笹やほおずきなどで飾られ 先祖が帰るのを迎えるという事です。

たまたま私たちが住まうことになった この地域では
新参者に対して価値観を共にしようと働きかけてこないので 行事に何一つ参加するではなし かといって傍観者でもなく 距離を置いて日々を過ごすことが可能です。

有難いことだと思っています。

なじみの無い風習を 形だけ参加しても お互いにつまらないものでしょうから。

朝飯前

朝飯前といえば 朝食前にちょこっと済ませられるような 簡単な仕事をいいますが
農家の方々の仕事ぶりを見ていると 朝食を済ます前に 一仕事をしている様子が窺えます。

ともかく 朝ごはんを食べないと 頭ぼんやり 体はダレ〜の私は 
起床後 洗濯機のスイッチを入れると 次は もう朝食の準備に掛かります。

夏休みの睦沢での朝は、4時半には明るくなり 7時ころは そろそろ夏の暑さを感じさせられます。
涼しい時間を上手く使って仕事優先の生活パターンと理解しました。

それでは 冬は・・・
という事になりますが 朝食の時間は変わらないようで 
私のように 「朝ごはん 食べなきゃ一日のスタートがきれない」という人は いないようです。

そろそろ新米

買い物をしていると アナウスがありました。

「佐賀県から 新米が入荷しました。ご賞味ください。」
というものでした。

以前「どこよりも早く新米を提供します」 と言うキャッチにのっかって買った新米が ちっとも美味しくなくて 
「早ければ言いというもんじゃないね。全く。」
と 憤慨と同時に すぐ雰囲気に載せられる自分を反省したものでした。

それからは 新米のための新米ではなく いつも買っている銘柄の新米が出たらそれを味わうようにしていました。

今は 美味しいお米との出会いがあり その年年で出来がらは違うかもしれませんが 睦沢のお米を食べていこうと思っています。

田んぼの景色は 2月に始まった田おこしから もうじきの収穫まで 素晴らしい風景に接する事が出来ます。

あまりの日照りも辛いのでしょうけれど 折角のものが台風で台無しにならないよう 天にお願いする次第です。

暦の上では秋

早 立秋。

残暑見舞いの常套句に ”立秋も過ぎますと 朝・夕の風はめっきりと涼しさを増し・・”などというのがありますが、朝・夕の風云々は まだもう少し先のことのようです。

日没だけは 確実に暦どおりに歩んでいて つい2週間まえまで サンサンと明るかった時刻に、夕立でも来るのかと思わせられる空の暗さは 実は 日々着々と早くなる日没ゆえの薄暗さでした。

心なしか 朝顔の鮮やかな色にも陰りが見え、そろそろ キキョウ リンドウ ハギ などを思い浮かべ 先日入手した 焼き締めの大振りの壺に ススキなんかを投げ入れて鑑賞する日も、そんなに遠くありません。

味わい

漬物の味の深さを理解できるようになるまで ある程度の年月がかかります。

身近に得意とする人がいれば だんだんに覚えてきたのでしょうが 
市販のものをヨシとしてきましたから 下手で当たり前という事になります。

昨冬初めて 白菜の漬物がそれらしく漬かりました。
あくまでもそれらしくであって、ご近所にご披露しても ただ 「ウン・うん」と頷かれるだけで、言外に「頑張ってくださいね」と言われるに違いないものだった と 思っています。

この夏庵主は キュウリのキュウちゃん風の漬物を習ってきて チャレンジしました。
「冷たく冷やすと すごく美味しいからね」と西隣からいただいたものが とても美味しかったので 自分でもやってみようと 作り方を教わり ねじりハチマキ やってみました。

手順は教わったものの 「調味料は大体でね」というのがこういう場合の常です。

残念ながら しょっぱい!!
でも お弁当に入れると そのしょっぱさが キリリとしまりを感じさせます。
そして 家族が作った漬物を お弁当に入れるという別の楽しみも味わっています。

日焼け止め

肌を焼かないようにする。

20年以上前 資生堂のクッキーフェースをうたったキャッチコピーから 様変わりしています。
日焼け止めクリームも随分いいものが出ています。
効果が有るというだけではなく、肌荒れを防いだり いくら防御しても焼けてしまう肌の修復を助けてくれたりするものもあります。

庵主は 先日の結婚式で乾杯の音頭を指名されていました。
常々日焼けには注意を払ってきましたが 全く日焼けをしていないかといえば そうではありません。

「オレって黒いか?」と聞かれたので 「少々ね」と答え 
顔より首が黒すぎると笑いました。

太陽と砂塵 潮風に当たると 確実に肌の老化は早まり 深いしわを刻みます。

庵主にも 最新の日焼け止めと ケアを心がけるよう説得し 日常心がけてもらっています。

美容部員の方は言いました
「ご主人 言われた事をちゃんと守るから えらいのよね〜」

新しいスタート

ディズニーランドのとあるホテルで 甥が結婚式を上げました。

私の自宅からは 「こんなに近くていいの?」と思わず笑顔が出てしまう近さです。

真夏の太陽が降り注ぐ中 やしの木と青い空は ホテルとディズニー両ランドと相まって 非日常的な雰囲気満点です。
フロントは家族連れで混みあい 長い事楽しみにしていた夏休みのイベントは その幕が上げられたとばかりに 期待に満ちたものです。

チャぺルで生涯の伴侶としての誓いのあとは 親族との食事会 そして お祝いに駆けつけてくれた友人との食事会と 花嫁・花婿は緊張の解けない一日になります。

かつての多くの結婚式は 式の後の披露宴で 親戚も友人も同僚も恩師も 合同で席を並べたものですが、昨今は このパターンが崩れつつあるようです。

縁あって二人が一緒になり その縁で親戚となるものにとっては 先方さんとの気心を交わすとてもいいチャンスとなります。
今回大変和やかに終えることができ どの家族も安堵しているに違いありません。

今回 都心近郊からの出席者は それなりの交通手段で集まりましたが 
睦沢地区で ディズニーランドでの結婚式がある場合は みんな半分親戚であり友人であるものですから 行きも帰りも 専用バスが用意されるそうです。

庵主は 夢と希望を持った人生を送り いつの日か 夢を実現して欲しいとメッセージを送りました。
まだまだ 直近の課題に追われるでしょうけれど いい人生であって欲しい心から願う次第です。

果実酒作り虫

暫く治まっていた「果実酒作り虫」が 
「そろそろまた なんかやらない?」
と私にささやきかけてきます。

そんなことなら 青梅を拾って梅酒を一ぱい作ればよかった・・何年か経って
「どんぐり庵竣工の年から何年目。この梅酒もその年のものです。」
なんて 面白かったのに。と後悔。

果実酒のビンはたくさんあるので 材料さえそろえておけば お茶の子さいさい。
しかし今の時期何を漬け込もうかとWebをうろうろしていると
”パイナップル”というのがありました。

お〜なんかトロピカル!!

私は自分で飲むわけではないのです。
梅干しと一緒でともかく作るのが面白い。
飲まないくせに 講釈があって 甘みと酸味のバランスが絶対条件。
これははずせないのです。
しかし 酸味の薄い果物にレモンで酸味を足して作る。
これ私にとっては 邪道。

家族でやっている小さな中華料理店に行ったとき、カウンターに みごとな巨峰で作った果実酒のビンが置いてあって、関心のある私は早速どんな感じか尋ねてみたところ
「甘すぎる。」

「種有りぶどうですか。」
「無いやつです。」
ぶどうって 種の周りがすっぱいもんね。と 酸味の必要性を改めて噛み締めるのでした。

そんな会話で 甘み酸味のバランスは非常に重要な点だと 再確認しているわけです。

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tiara
里山の暮らしはいかに・・。
vivakenのカーチャンとか オッカーとか 呼ばれる日が、来るのだろうか。

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