茂原長南インターチェンジ

東京から どんぐり庵に向かうとすると アクアライン経由となるのですが 木更津からの一般道が長く 京葉道路から茂原に向かう道のほうが ストレスなく走れるような気がします。

そこで私は 圏央道が早く 木更津と長南を結んでくれればいいと 節に願っています。
21年度中 要するに 来年の三月までにはという目標を 楽しみにしていた一人です。

その後 長南のインターチェンジ側を通る機会があるたび
「本当に計画通りいくかいな。。」
と気にかかっていました。

調べてみると 昨年20年8月に以下のような見解が出ていました。

・・以下 引用・・・・
茂原長南インターチェンジ〜木更津東インターチェンジ間については、開通目標年度を平成21年度から平成22年度に変更する。
 これは、41件の地権者から用地の協力を得られていないことが要因となっている。

・・引用 終わり・・・・

なんじゃいな!という気持ちと やっぱりね!!が半々。
この先 経済がこんなんじゃぁ ますます 先延ばしって事になりそうです。

年間電気料金

vivakenが庵主として どんぐり庵に住み始めたのは 昨年の三月中旬ですから 年間の電気使用料金は決定ではありませんが 当初 東京電力が試算した電気料金にほぼ近い結果が出ることが 色濃くなってきました。

オール電化ですから 光熱費は電気代だけです。
あの容積を暖房し エコキュートで温水の供給をしていることを考えると 大変リーズナブルといえます。

夏場のエアコンがないこと テレビがないことなどが経費削減に貢献していると思いますが 費用面からも 安全性からも オール電化にしたことはたいへんクレバーな選択だったと思っています。

「お餅はチョット焦げ目をつけたい」
そんなときは カセットフーを持ち出して 焼き網をのせ 焼いていました。
魚は 専用電気焼き物器があります。

古民家ファンが一度は通る道と思いますが
”薪ストーブ””囲炉裏”

雰囲気いいですね〜

しかし 冬場 築熱暖房機のおかげで 出かけるときも 戸締りをきちんとすれば火の始末の心配はなく ハッちゃんもヌクヌクと陣取っていられます。

薪ストーブや囲炉裏の火を始末をして お出かけし 帰ってきて 家は寒いし 火起こしは大変だはそんな苦労は全くありません。


念のため;vivakenは男のロマンとかいって ”薪ストーブ””囲炉裏”に固執したことはありません。
あったらいいな と憧れてはいたようです。
 

胡麻

胡麻から抽出されたセサミンのサプリメント

この広告には ナイスオーバーシックスティとお呼びできる面々がにこやかに 「私いただいています」と語りかけてきます。

60歳を過ぎてから 戸籍年齢と実年齢の相違は 個人によって大きく差が出てくるように感じます。

私は 胡麻ね〜
と思いながら どうやって胡麻を食べよう 毎日胡麻和えって言うわけにもいかないね。
と 行きついたところは お弁当のふりかけにすることでした。
香ばしく火に当て ぱらっとかけて塩は使わず。

そんな感じで 続けています。

お弁当は自分で作るとはいえ お仕着せですから 取り合えずのっかているものは食べなければなりません。
時には 今日はやめ とすればいいわけです。

ただし ただしです。
黒胡麻はやめています。

胡麻はそのサイズが故に 前歯の隙間に入り込んだり くっついたりします。
歯磨きまでの暫くの間とはいえ 一緒にお昼を食べる仲間を笑わすわけにもいかないので
ポリフェノールには 目をつむり 白胡麻を使っています。

歯にくっつくという事から言えば 青海苔! こやつにも気を付けねばなりません。

旧大多喜街道

熊野の清水へ向かう途中 ほぼ 熊野の清水の手前といっていいところに 「旧大多喜街道」という道標を見つけました。

枯れ草が道に覆いかぶさり 人がしげく歩く様子は見られません。
眺めて見ると、小さな峠道になっているらしく 登り阪になっていました。

トレッキングシューズに慣れ親しんでいる私は
「今度トレッキングシューズを履いてきて ここを歩いてみよう。」
またかいな。。。
という顔をしている vivakenを半ば無視して この道はどこにつながっているのだろう と胸膨らます私でした。

調べてみると
”な〜んだ・・・””つまんない・・・”
の世界でした。

以下 長南町のウェブサイトから引用
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
かつては江戸と大多喜を結ぶ房総中往還の一部で、棒坂と呼ばれる難所の一つでしたが、明治時代の新道開通により旧街道として往時の姿のまま残されました。わずか237mの細道ですが、六面六地蔵や道祖神、馬頭観音などに、街道として旅人が行き交っていた頃を偲ぶことができます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

237mって
ゴルフで言えば ショートホールじゃないの。
こんなことなら あの時 もう一歩踏み込んでおけば良かった。

ハッちゃんの爪切り

猫のハッちゃんは 2週間に一度爪を切ります。

猫の爪は 放置すると先が針のようにトンガリ 抱いたり ひざの上に乗せたりしたときに 爪が引っかかりとても痛いものです。

そんなわけで ハッちゃんは2週間に一度くらい 猫の爪きりで お家で爪を切ります。

彼にとって これはあまり好きな手当てではなく 両前足ぐらいは観念して大人しく切らせますが 後ろ足の段になるとむずかり始め 逃げ出そうとし始めます。

なだめたり機嫌をとったりしながら なんとか 終えます。

昨年まで 先月まで ソレは私の仕事だったのですが お正月のあわただしさで 爪を切ってやるのを忘れていました。

先日 庵主からメールが来ました。

「ハッちゃんの爪を切りました。カンタン!カンタン!」

このペアの信頼感の構築は 想像を絶するスピードです。
へ〜 ハッちゃんの爪が切れた・・ハッちゃんが爪を切らせた・・と思いながら いつも身近にいる人が 一番大好きなんだな。と思っています。

猫は家につく。
といわれますが 
やっぱり 大好きな人の側にいたい。 いつも可愛がってくれる人の側に居たい。 そう思っていることは 間違いありません。

群青色

どんぐり庵の 屋根は 濃いブルー 群青色です。

この色は 私たちのイメージが ぴったり合致して どちらかが言い出したものか忘れましたが、”あの色にしない””アレにしよう”と 決定したものです。

普請にいろんな困難が付きまとう事などたいして考えてもいなく あの民家を睦沢へ持って来て 屋根は この色だと 早々と決めていました。

その時すでに 瓦を葺くことは私たちの予算では ま〜ず無理だ だけは分かっていましたから。

結果 群青色は私たちの大好きな色になりました。

そしてこの頃の 「超群青」という言葉。
なにやら 憂鬱な気分はブルーで ソレがさらに憂鬱になって超ブルー ソレがもっと憂鬱になって超群青。

ブルーにもいえることですが 大空の色ブルーは 憂鬱どころか憂鬱を吹き飛ばすエネルギーがあり 群青は人を包み込む おおらかさがあります。

超群青という表現が とっても憂鬱なんて 納得いかないのです。

 

熊野の清水へ向かって

どんぐり庵の北側は佐貫という地区です。

ここを西に向かうと 環境省が選定した熊野の清水に行き着くことが出来ます。

とことこ歩いてみました。
佐貫は東西に細長い地区ですが 広域農道から西に向かえば向かうほど 景色が明るくなり 古い房総民家にを手入れして住み続けている様子をうかがうことが出来ます。
どんぐり庵と同じ様に 北に山を背負う住居は ある程度裏山に手をいれ
一層明るい雰囲気が出ています。

長南町との境となる 小さな峠の手前あたりは 湧き水も見ることが出来 その流れ口に鉄錆のような鉄分が見られます。

こりゃ〜 よく透き通った水だし 沸かして温泉にしたら最高!!などと思いながら通り過ぎます。

どんぐり庵から熊野の清水までの道は 歩道が整備されていなくて 歩くにも少し不安 マウンテンバイクなどやめておけ という環境ですが 注意して晴れた日に歩けば 少々アップダウンのある良い散歩コースといえます。

睦沢町の谷津

どんぐり庵は 県道大多喜・一ノ宮線の沿線にあります。

成人の日の三連休をスタートに 私たちは 睦沢歩きを楽しんでみました。

歩道のない車の通りが頻繁な道もあれば 標高3〜40mの丘の尾根を ”サクラがいっぱいじゃん”とかいいながら 歩いたりしてみました。

周りをキョロキョロしたり 冬の青空を楽しんだりしていたのです。
往路・復路は殆ど別の周遊コースです。

時たま復路が往路とクロスして 谷津の小さな集落に入るコースがありました。

私は往路 「こんな小さな集落があるんだね。。」と歩いていました。
家家はおおきな敷地ですが どこか活気のないことが 私を不安にさせました。
そして この谷津を復路取るコースになっていました。

結局 帰り道この道はやめて迂回しました。

明るくて 開放的。
そんな雰囲気は 私の中ではとても大切なものです。 

アロエが溶けました

やけどには アロエ。

熱いお鍋にさわって 軽度のやけどを負ったときなど アロエには大変世話になっています。
真夏の太陽を無防備に浴びてしまったときも 何はなくとも アロエです。

そのアロエ君 睦沢の寒さにやられました。

建物から 5mほど離れた南側に その鉢は置かれていました。
お正月にやって来た母は ”軒下に入れなくとも大丈夫かな” と首を傾げていました。
私は 「お母さんの所でも大丈夫(東京の西部)なんだから 大丈夫じゃないの」と 少々気になりながら そのままにしてしまいました。

先週の寒さ。。アレにやられましたね。

庵主は「丈夫なヤツだから また芽が出てくるのじゃない?」
といい
私は 「市川の家にもう一鉢あるから アレを株分けしよう」と 繁殖力旺盛なアロエ君なので あまり心配はしていません。

のし餅

お正月のお餅。
今年は 大多喜の道の駅で買いました。
昨年は 睦沢の道の駅で買ったのと ご近所からいただいたのが1枚。

軍配は 睦沢の勝ち。どんぐり庵に於いては。

ソレまでは 和菓子屋さんに予約し28日に受け取るといった事で オーダー品。
ここのは 当然プロ仕様で 毎年美味しくいただいていました。

去年睦沢で買ってみると これが美味しかった。
ご近所からいただいたお餅。これも美味しかった。

なるほど お餅って言うのは庶民のものだから こだわらずに地元で買おう。

こう決めました。

大多喜のお餅はどうだろう。
地元のもち米で作りました。とか 引き付けられる コメント入りでした。
そんな感じで 買ってしまったのですが

元旦に母が
「水餅というのかしらね。とろとろした感じで美味しくないね。」

なんと 元旦初日から ガッツンとやられて
私は シュン!!

なるほど 腰がない。とろとろという表現がぴったり。

そういいながらも 後3切れ。
完食に後一歩です。

長ネギの収穫

7月ごろ植えた長ネギを 食べる直前に掘り出し いただいています。

自分で作ってみてわかったこと。

夏の日差しがカンカンと照りつける頃 10センチほどの苗を植えつけました。
もちろん もみがら物語をたっぷりと入れましたが 所詮重粘土はまだまだ解消されていません。
苗が 成長せずとけてしまいます。

苦度石灰を撒いたりして 取り合えず本に書いてあることを実践。
途中で土寄せもしました。

10mほどの畝 1本半ぐらいが 何とか収穫の対象となり 暮から機会ある事 いただいております。

そしてこの堀上。
土に埋まっている部分が 20〜25センチくらいです。
小さなシャベル(園芸用)で 土をよけて・・・・と簡単に考えますが 土って言うヤツは中々手ごわく その上ネギってヤツも 思った以上に根を張っていて きちんと土をよけて掘り出さずに 途中で引っ張り上げようものなら ”ポキン”と折れてしまうのです。

砂の中のものを スルスルと引き抜くようにはいきません。

こんな経験をして 私たち二人は語り合います。

「ね〜 牛蒡ってどうやって掘り起こすのかしらね。。」
「や〜守口大根ってさ いったいどうやって栽培・掘り起こしするんだろうね。。」

ネ〜〜。

彼岸花の移植

花のあるときには葉がなくて 葉のあるときには花のない彼岸花。

秋に花が咲いたところを 観察していると、今 旺盛に葉を広げているのが分かります。
どんぐり庵のところどころに彼岸花を見ることが出来ます。

土手や通り道ではないところのものは 大きくな〜れ と声をかけていますが 通路にあるもの これはついつい踏み潰してしまいます。

それでも丈夫な植物のようです。
その丈夫さが どんぐり庵では格好の草花と思えます。

この時期 どれが彼岸花か明確なので 通り道に葉を広げているものを 安全な場所に移植しました。
3〜5月に この葉っぱは枯れるといいますから 冬枯れの落葉樹の下なら そこそこ太陽を浴び 球根を太らせる事が出来るだろうと考えました。

本で見たとおりラッキョウみたいな球根が付いていました。

数個の塊はそのままに 一本ひゅぅッと出ていたものはそのままに そっと移植しました。
踏み固められた通路から ふかふかの土に移してやると 一時ヘンナリしていた葉は暫くすると立ち上がり始め 冷たい水にもかかわらずジョウロで水をやると ムクムクとどんどん元気になりました。

こういうヤツは 私は大好きです。
頑張ってくれ〜。

そして 是非秋に花を見せておくれやス。

枕が変わると・・

枕が変わると眠れない。

そういうデリケートな感覚には程遠い私ですが
流石 ここどんぐり庵において 昨年の今頃 やっとここでの生活も可能になった頃は
眠れなかった!!

考えてみるに 天井の高さがその原因だったように思います。

狭い部屋で寝ることはなんとも無いけれど
あまりに広く開放的などんぐり庵なので 体全体が大きな環境の違いを捉えていたのでしょう。

結局どんぐり庵でスッキリ目覚めるまで
週末暮らしの私には 半年かかりました。

このごろは そのときの事もちょっとした拍子に思い出すだけのこととなりました。

八兵衛が幻と言われた訳

姪が
「私たち結婚します。」
と お正月の休みを利用して 庵主の妹夫婦と 遠路 尋ねてくれました。

純日本人サイズの私たちに比べ 彼も彼女も 1980年台生まれらしく 手足がくスラリと長く どんぐり庵の二階に上がろうものなら 
「そこそこ 頭気をつけて。。」
と声をかけながら 養蚕民家ってこんな感じです という ご案内です。

ハッちゃんは いつものごとく とある隠れ場所に潜み 身をちぢこませて やがて階下に降りていくだろう事をひたすら 待っていました。

なれそめなど 聞きたい話はいっぱいあったのに 田舎暮らしの話が先行し 
折角来てくれたのに こんな話じゃいけなかったよ。と少々の反省。

途中で 庵主の妹が
「ちょっと ハッちゃんがいないか見て来る」と二階に上がりました。
ハッちゃんは 暖房機の前で猫座りをして じっと見つめていたといいます。

姪が
「じゃぁ 私も」
と上がって行き
「いた。いた。こっちを向いていた。」
と戻ってきました。

そして 新しく甥になった彼も、「じゃぁ 僕も。」と・・上がっていきました。

席に付きながら
「影も形もありません。暖房機の前の布団は もぬけの殻です。」
 
姿を消していたといいます。

ハッちゃんは このあたりから 
”幻のハッちゃん”と呼ばれるようになりました。

黒豆

マメで暮らせるようにと願いをこめて炊いた 大多喜産黒豆のその後。

やはり 丹波本場の黒豆には太刀打ちが出来ず 例年のような好評をいただくことは出来ませんでした。

暮も押し迫ってから 大多喜の道の駅にいくと 大粒の丹波黒豆が 通常品の1.8倍くらいの価格で売られていました。
私が 黒豆を買いに行ったときには 店頭に並んでいなかったものです。
これを入手していれば 状況は少しは変わったのでしょうけれども 残念ながら私が買ったものは 正真正銘というか ただの黒豆でした。

1kgの黒豆を煮上げるのに 3日程かけ 2〜3日味を含ませます。
工程は同じでしたが

豆の味がない!

これで一蹴されました。

つみれのお吸い物

シコイワシのつみれのお吸い物を ご近所から頂きました。

「こんなに 手間のかかるものをいただいて。。」
と恐縮している私に 隣人は
「自分が食べたいと思ったから 作ったのよ。気にしないで・・」
と言い置いて ネギとお豆腐の入ったつみれ汁を 鍋に入れ替えてくれました。

あの小さなイワシは ティースプーンで身をこそげ取って 調理するといいます。
「この頃は 要領もよくなって 上手にさっさと出来るのよ。」といっていました。

暮に 20センチくらいの鯵が売られていました。
青魚は 今年最後になるだろうという頃です。

3枚に下ろし 皮をはぎ 大方の骨をとり 包丁で叩いてすり鉢であたり 味噌・酒・生姜で味をつけ お吸い物に入れました。
地元の大根と どんぐり庵の長ネギも入れました。

母は大そう気に入って 喜んで食べてくれました。
もちろん私たちも 「うん いいね!」と言いながら いただきました。

台所は広くシンクが大きいと 調理する者は大変快適です。

実は この調理台は施工ミスがあって 食洗器を載せる予定がかなわなくなり その分
広く使っています。
それも功を奏していて 道具や材料がいろいろ並んでも 不自由がないのです。

つみれを作ったあたり鉢もシンクにポイしたまま 調理に集中できます。

お日様を拝す

新しい年が 希望や夢の実現に一歩でも近づけるよう 明るい日々を送る事が出来るよう
お祈りする次第です。

どんぐり庵では 暮から新年にかけ 昨年同様実家の母を迎えました。
体の不自由は いかんともしがたいものですが、お日様を拝する気持ちは変わりなく
東向きのダイニングに腰かけ 房総特有の丘の向こうから上がる太陽に手を合わせていました。

お日様と語り合いながらの朝食です。


東京からやって来て まずは びっくりしていたのは 庵主の瓦積み。

「これを全部 建さん一人でやったのですか。。。ま〜 大変でしたね」

驚きや喜びを即座に口に出すほうではない母が こういうのですから よほど大変なことだったと 思ったのでしょう。

母を迎えるように 筒咲きの白い椿が花開き
「ウチには いい椿が数鉢あったからね。」
と自分が世話していた椿が地植えにされ 蕾をつけているのをみて 生き生き美しい花をつけるよう おまじないを掛けてくれました。

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tiara
里山の暮らしはいかに・・。
vivakenのカーチャンとか オッカーとか 呼ばれる日が、来るのだろうか。

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