食洗器

朝食を終え食器を食洗器に入れて 洗剤を入れて電源をONしました 
暫くすると食洗器からいつもと違う音が聞こえてきました

扉を開いて中を見るとお湯がたまっていませんでした
扉を閉じてもう一度 電源をONしましたが 何かが動いている音はしましたが お湯は入って来ませんでした

扉の表示もいつもと違う表示でした
「困った時のシャットダウン」とばかりコンセントを抜いて ちょっと時間をおいてから コンセントを入れなおし もう一度電源ボタンを押してもONになりません 一時停止ボタンも効きませんでした これはダメだな

ks電気に行って買い替えをすることにしました
その前に 型番の確認と本体の寸法を測りました

ks電気に到着して最初に確認したのは この製品がまだ保証期間内かどうです
「この製品は2019年・・・」
「期限切れですねハイ分かりました それではこの後継機を買うのでお願いします」

製品型番の末尾の数字が2から5に変わっていました 寸法は一緒でした
幸い在庫がありました 設置工事の日程は2日後の午後に決まりました
工事費は2200円とかなり安い金額でした
引き取り費用は550円

どんぐり庵に来て2月でまる17年になります
この間にいろいろな家電品を買い替えました 
多くは2代目が頑張っています
炊飯器や焼物器は初代が頑張っています
今回で食洗器は3代目になりました

水を使う機器は寿命が短いようです 洗濯機も3代目です ウオッシュレットは2代目ですが修理を2度しています

食洗器は水曜日に設置が完了しました

衆議院選挙

その昔 杉村太蔵は小泉純一郎のチルドレンとして 26歳で衆議院に初当選しました
この時「これで料亭に行ける!」と本心を吐露して世間から大バッシングを受けた男です
当然のことながら後見役の武部幹事長からキッチリお灸をすえられました

その杉村太蔵が街頭演説をした時に「日本を変えます!」と言ったところ 
観衆から「それは止めてくれー!」と声が上がりました
これには杉村太蔵もびっくりで 未だに記憶が残っていると言っていました
まさか 観衆からこのような声が上がるとは 想像もしていなかったからです

さて衆議院選挙の公示がされました
ここは千葉11区です
山武市から九十九里海岸に沿って南に下った勝浦市までの区域です

ここには勝浦を拠点にする自民党の森英介が圧倒的な強さを持っています
何と言っても対抗して立候補するのは れいわ新選組から中道改革に移った候補と共産党の候補の二人です
これでは最初から勝負ありです

前回の衆議院選挙では石破総理でうんざりしていたのと 森英介じゃ面白くねーな ということで白紙投票にしました

今回は高市総理の積極財政に期待です 今までの日本を大きく変えるためにも 最低でも与党で過半数(233)を確保せねばならないので 森英介じゃ面白くねーな とも言っていられなくなりました 
高市総理の政策実現のためにも安定多数(243)確保するためにも「小異を捨てて大同につく」ことにしました

1月31日にイギリスのスターマー首相が初来日します
高市首相とは防衛協力や経済安全保障について協議する予定です
ということは与党が過半数を確保することが固いということでしょう

筋肉の大切さ

昔の人の平均寿命が短いのは、現代人に比べて生物学的にからだが弱かったからのように勘違いするかもしれませんが、実際はそうではありません。

昔は乳幼児の死亡率がきわめて高く、さらに若年であってもさまざまな疾病による死亡リスクが高かったため、全体としての生存年齢が押し下げられたことによります。

歴史を振り返ってみれば、江戸時代の人であっても90歳くらいまで長生きした人たちはもちろんいますし、徳川家康は73歳まで生きています。

どうしてこんなにも平均寿命が延びたのかといえば、現代ではとくに医療技術の進歩と、栄養面、衛生面での社会環境の改善によって、若くして亡くなってしまう人の数がぐんと減ってきたためと考えられます。

ところが、長生きするようになってくると、また別の課題が生じてきました。すなわち、それまで生存に対する大きな脅威であった疾病や栄養失調などの課題が克服されると、今度は筋肉そのものの加齢変化という問題が顕在化してきたのです。

筋肉とは基本的にからだを動かすためのものです。したがって、筋肉が衰えてしまうと、立ち上がって目的とするところに自由に移動することが困難になってきます。

そして、それに起因する日常活動の減弱は、呼吸器、循環器、さらには脳・神経系の機能も低下させ、二次的に健康を脅かします。

さまざまな身体機能の維持には、まずはからだを動かす筋肉が必要といえるのです。筋肉が弱って身体諸機能が低下すると、それによってさらに筋肉が衰える……まさに負のスパイラルです。

呼吸器や心臓・血管系を働かせるためには、まずからだを動かす=筋肉を使わなければならないということが、あまり重要視されていなかったと思います。

仮に、習慣的にジョギングやウォーキングを続けていても、それだけでは加齢に伴う筋肉の衰えは十分に防ぐことはできません。

長くジョギングやウォーキングを続けるためにも、筋肉の機能を維持することは重要になります。

有酸素運動のウォーキングも大切ですが ウォーキングができる筋力を維持することが大切です

出直し

先日 天重を食べに行った臨時休業の蕎麦屋に歯医者の帰りに寄ってみました
時刻は11:40頃でした

店はメイン通りから400m横に入りさらに100m横に入った住宅街の一角にある 昔ながら蕎麦屋でした
扉を開けるとテーブル席が5つ 小上がりに座卓が2つありました
テーブル席の5つはすでに埋まっていたので小上がりの席に座りました
店は家族経営で60代の夫婦とその母親と思われる3人で回していました

天重を注文すると ここは予約の客が来るので今空いたテーブル席に移動してくださいとお願いされました
4人掛けのテーブル席で1人で待っていると 後から入ってきた おじさんに相席を依頼されました 2,3分するとまた一人相席を依頼されました

小上がりの座卓にも団体さんが7名着席しました
これで全てのテーブルと座卓に客が着きました
住宅街で周りに店がないこと 昼時だったこともあり 地元の常連と思われる客でいっぱいになりました

やっとお目当ての天重が到着しました
お盆に乗っていたのは天重 味噌汁 サラダ お新香でした
天重のふたを開けると写真で見たのと同じでした まずは一安心しました
さてと まず味噌汁を一口「うぇー濃いな 東北の人かな? そういえばお新香の量も多いな やっぱり田舎の人だな」

天重のエビを一口 「まーまー合格だな あーよかった でもご飯が多いなー」
サラダも美味しかった お新香もきゅうりは自分で漬けたぬか漬けの味でした
ご飯を1/4ぐらい残してご馳走様

天重だけとれば80点を上げてもいいのですが 味噌汁等その他の要素がマイナス10点なので70点にしました

女将さんの力

安青錦が優勝決定戦で熱海富士を逆転の首投げで破り二場所連続で優勝しました
ウクライナから日本にやってきて大相撲の世界に入り 安治川部屋に入りました
短期間でここまで優秀な成績が収められたことは 本人の才能と努力の他に女将さんの力が大きいと言われています

相撲部屋の女将さんは大関、横綱昇進の儀式で唯一同席を許される女性であり別格の存在であるが、いまだ論理的に整理されていなかった。  

そこで、長く口伝に頼ってきた女将さんの機能、役割を明らかにすべく、歴代の名門部屋の女将さんの活動を丁寧に調べ、その役割を整理し、まとめた。

サッカーでいえば1つのクラブの経営において、監督である親方の役割以外を担う場合が多い。稽古を通して相撲に直接的に関わることは親方の専権事項であるが、その周囲、つまり同じ屋根の下に住み、弟子の心理的な支えから経理、後援会対応、渉外、日々の調整まで、多岐にわたる役割が女将さんによって担われていることが改めて浮き彫りになった。  

女将さんがマネージャー兼経理部長兼広報部長であったりする様子が浮かぶが、一方で中学卒業後に入門した力士にとっては母親代わりの存在となる。

この点はサッカークラブには存在しない機能である。  
早稲田大学法学部を卒業し、この研究内容をよく理解した女将さん、杉野森絵莉さんの存在が安治川部屋における安青錦の順調な成長に貢献したのではないかと思う。

未成年の日本人の弟子の面倒でも大変だが、ウクライナ人への指導はさらに難易度が上がる。実際、絵莉さんに安青錦の日常生活指導について聞くと、例えば、日本語の習得について、特に外国人が省きがちな助詞を正しく使う点を粘り強く指導しているが、「自分の両親を『ご両親』と言っている」と、外部から指摘されて慌てて指導することもあるそうだ。

また、日本文化、すなわちお正月、節分、ひな祭りの意味、お箸の使い方、作法を教えるだけでなく、社会人としてのマナーや領収書の出し方、確定申告の仕方も指導している。

このような指導を受けているウクライナ人安青錦が初土俵から負け越すことなく、所要14場所で大関となった。横綱となり、日本の神事を司る日が楽しみである。  

相撲は神事としての文化的側面を大切にしながらも、競技として成果を挙げるためには、1場所15日間、年間6場所を戦い抜かねばならない。

心身のコンディションを維持しながら結果を残し続ける力士を育て上げるためには、伝統と科学に裏付けられた高度な相撲部屋のマネジメントが求められる。

安青錦も女将さんの陰の力に大いに感謝していることでしょう
戦禍にまみれている祖国ウクライナの国民も大喜びして元気づけられていることでしょう

運転免許更新

運転免許更新手続きに一ノ宮幹部交番に行ってきました
今までは茂原警察署に言っていましたが 一ノ宮幹部交番でも更新手続きが出来ることが分かったので変更しました

一ノ宮幹部交番の方が自宅から近いのと 空いている感じがしたので ここに決めました
ここは月・水・金の受付です
水曜日の9時ちょっと過ぎに到着すると 駐車場に10台ぐらい車がありました
「意外と込んでいるんだなー」 という感じでした

中に入って整理番号8番のカードを持って 受付機械の前でマイナンバーカードをセットして一通りの手続きが完了しました

周りを見ると爺さんと婆さんだけしかいません
「うひゃー! これじゃ老人ホームの待合室じゃ!」
vivakenの前の爺さんは一人で歩くのもやっとでした 視力検査もかなり難航して時間が掛かっていました
「これではバックの時にアクセルとブレーキを間違える確率が高いな」
「こんな状態でも 免許の更新手続きができるんだ!?」
これならvivakenも相当先まで免許更新が出来るぜ! という変な自信を与えてくれました

田舎では車がないと即生活崩壊に直結するので この辺の事情は田舎の交番では理解しているのでしょう
視力検査を終えて更新費用を支払って手続きが完了しました

驚いたのは半分ぐらいの爺さん 婆さんが「安全協会」の入会費用を支払っていることでした
そのせいかどうか分かりませんが 応対する二人のおばちゃん警官はとても愛想がよくて親切でした

次回もここで運転免許更新をすることに決めました

天重

田舎には天ぷら屋がりません
天ぷらは仕込みのネタの種類が多く必要です
しかも鮮度が要求されます
そのため価格が高くなります
そうなるとお客の数が減って商売が成り立ちません

同じ揚げ物でもとんかつ屋はかなりあります
それは仕入れのネタの種類が豚肉だけで済むからです
鮮度も要求されません 
むしろ熟成肉が美味しいと歓迎されます
ロースやヒレの切れ端は一口かつにします
さらに小さい肉は串カツに使います
もっと細かい肉は豚汁に回せます
仕入れのネタの種類が少なく 鮮度が要求されず 捨てるところがありません

これが天ぷら屋ととんかつ屋の違いです
時々 天丼が食べたくなります
田舎の蕎麦屋の天丼は衣がスーパーマーケットの総菜売り場にある 黄色くてパリパリの衣を使っている店が多いので美味しくありません
また天丼のたれは天つゆを煮た濃い目のつゆがいいのですが 天つゆをそのままかける店が多いのです

という理由で美味しい天丼に飢えているのです
そんな時 たまたまネットで見た蕎麦屋の天丼が衣よし たれよしに見えました
この蕎麦屋はクリニックに行く途中の道から少し入った住宅街にありました

丁度 月曜日がクリニックに行く日だったので 寄ることにしました
期待を込めて行ってみると 何と臨時休業でした
「ばっかやろー!」

功績

菅義偉が今度の衆議院選に出馬せず引退することになりました
菅義偉はvivakenと同じ年齢の77歳です

菅義偉の功績と言えば ETCの値下げ 携帯電話料金の値下げ ディジタル庁の設立 ふるさと納税の構築 コロナワクチン1日 100万本などいろいろあります

振り返ると最大の功績は第二次安倍政権成立を後押しして 
2012年から2022年まで8年間に渡って官房長官を務めたことだと思います
第二次安倍政権成立の前 安倍晋三は総裁に立候補することに消極的でした
それをもう一度首相になれと激励して立候補させたのは菅義偉です

もし8年間の第二次安倍政権がなければ 日本は財務省の緊縮政策のままデフレ経済が続き世の中は暗い時代が続き 外交面でも日本の存在は低いままだったと思います

安倍首相は海外の首脳の信頼も厚く いろいろ相談に乗ってやったと聞いています
2017年のワシントンにおけるG7でトランプ大統領がメルケル首相の握手を拒否して両者の間に険悪な雰囲気になった時 それを安倍首相がなだめたと聞いています

安倍首相が8年間首相の座にとどまり政権を維持できたのは官房長官菅義偉の存在があったからです

菅義偉は安倍政権の「大番頭」として存在感を示しました
菅義偉には「首相」より「大番頭」の方が適任だったと思います
「令和おじさん」と呼ばれていたころがピークでした

菅義偉の後任は新田章文(44)が有力視されています
菅義偉の官房長官時代に秘書をしていた人物です

天覧相撲

天皇、皇后両陛下と長女愛子さまは18日、両国国技館(東京都墨田区)で大相撲初場所の8日目を観戦された。

天覧相撲は2020年1月以来6年ぶりで、令和に入って2回目。

愛子さまは、幼少時から相撲ファン。初めて大相撲を観戦されたのは4歳だった2006年9月の秋場所初日。2度目は07年秋場所14日目で、3度目は20年初場所の14日目で今回で6年ぶり4度目となった。

愛子様は幼少のころから相撲が大好きで TVで幕下の取組からご覧になったようです
愛子様が好角家とは嬉しい情報です
ご一家は午後4時半過ぎに会場入りし、貴賓席から幕内後半の10番を観戦。
一番が終わるごとに拍手を送り、取組の前後には日本相撲協会の八角理事長に熱心に質問を重ね、ご一家で楽しそうに言葉を交わされた。
 その後、ご一家は豊昇龍関、大の里関の両横綱らと懇談された。
同席した八角理事長によると、両陛下は石川県津幡町出身の大の里関に「(能登半島地震は)大変でしたね。
被災地を訪問した際、住民が『大の里が希望の星』と言っていました」と伝えられたという
天覧相撲の最初の取組は玉鷲と藤の川の力強い戦いから始まりました
小兵で21歳の藤の川が42歳の玉鷲を寄り切りました
場内はやんやの喝さいでした

最後の4番は格下の力士が横綱・大関を総なめにしました
格下の力士は天皇ご一家の前で一丁暴れてやろうと気合十分だったはずです
一方で横綱・大関は天皇ご一家の前では負けられないという緊張感があったと思います
勝敗は別にして 天覧相撲は場内が大いに沸きあがるとても良い中日でした
天皇ご一家も大相撲を堪能されたことでしょう

丙午

丙午の年には「女の子が生まれると気性が激しく、夫の命を縮める」という迷信が広く知られています。

この迷信は、現代人の感覚からすると非科学的で理不尽ですが、実際に日本社会へ大きな影響を与えてきました。
最も分かりやすいのが出生数の激減です。

直近では1966年(昭和41年)が丙午の年でした。
この年、日本の出生数は前年と比べて約25%も減少しました。
さらに120年前、1906年(明治39年)の丙午でも、同様に出生数が大きく落ち込んでいます。

では、なぜここまで信じられたのでしょうか。
迷信の背景には、江戸時代に広まった八百屋お七の物語があります。
恋に狂い、放火事件を起こしたお七が丙午生まれだったという話が、人々の記憶に強く残りました。

「丙午の女=気性が激しい」というイメージが定着し、時代を超えて語り継がれたのです。
また、当時は火災が最大の災害でした。
「丙」は火の性質を持ち、「午」も火に属すると考えられていたため、「火が重なる年=災いが起きやすい年」という解釈も迷信を強めました。

しかし、現代では医学も統計も発達しています。
丙午生まれだから性格が決まる、運命が決まるという科学的根拠は一切ありません。
それでも、迷信が完全に消えないのは、人が「説明できない不安」に意味を与えたがる存在だからでしょう。

今年は丙午です しかしマスコミは一切報じません
今年が丙午だということを知らない人も多くいると思います
日本が少子化による問題を多く抱えていることは誰でも認めるところです
もしかすると政府からマスコミに対して丙午に関わるニュースはさらに少子化を加速するので 丙午の情報は流すなという要請があったのかなと思うほど 丙午の情報がありません

都心マンションの駐車場

都市部を中心にマンションの空き駐車場が問題になっている。
使わない機械式駐車場はメンテナンス費用が負担になるばかりか、取り壊しにも多額の費用がかかり、“負の遺産”として管理組合と住民の間でどうしていくのか議論が巻き起こっている。解決に向けた動きを取材すると、制度の壁があることが見えてきた。

川崎駅から徒歩10分、築30年のマンション。 21台とめることができる4階建ての駐車場。現在使われているのは、わずか6台のみで、15台分がガラガラ状態となっている。 空きが目立つようになってから、維持コストを減らすため上の2階部分は駐車台ごと撤去した。
東京・板橋区のマンションでも、機械式駐車場が8台分あったが、利用者が少ないため、駐車台を撤去することに。装置を取り壊してできたスペースを埋めるため、トラック3台分の発砲スチロールで次々と運び込まれていた。 撤去と埋め立てにかかった費用はおよそ700万円。 住民の修繕積立金から支払われるという。
マンションの住民にアンケートを実施。
車を手放した人や、手放すことを検討している人に理由を聞いたところ、最も多かったのは「高齢になったから」で、次いで「車の維持費が高い」、「カーシェアが普及したから」などが続いた。

一時は駐車場がないマンションは売れませんでした
車を手放す理由が3つ挙げられています
「高齢になったから」→都心では公共交通機関が発達しているから車がなくても生活できます
「車の維持費が高い」→田舎でも駐車場費用以外は車の維持費は一緒です 
しかも一家に複数台持っているのが普通です それでも手放すことはできません

「カーシェアが普及したから」→田舎では毎日使うのでカーシェアは成立しません

都会と田舎では車を所有する環境が全く違うことが分かります

平和と戦争

地政学者の奥山真司が平和と戦争について 興味深い視点で見解を述べていました

「平和には色がある」と言いました
我々は「平和」というと色がなく 無色透明で世界共通だと思っています

ところが奥山に言わせれば 平和は国によって考え方が違いそれぞれの色があると言っていました 中国の「平和」 ロシアの「平和」それぞれに色があると言っています

その色とは たぶん中国の習近平の「平和」は 台湾を併合して 東アジアを支配下に置き どこの国も中国の言いなりになり 問題が起きない状態が「平和」だと考えているかもしれません

ロシアのプーチンの「平和」はウクライナを併合して その後はポーランド スロバキア 
ルーマニアなどを支配下に置きNATOとの間の干渉国にすることが「平和」と思っているかもしれません

「戦争」についても「平和」対極にあるものではないと言っていました
「戦争」があると平和を求め 「平和」が続くといざこざが始まり「戦争」が始まると言っていました

これも「平和」には色があると言っていたのと同じで 我々は「平和」と「戦争」は全く別物という意識ですが 奥山に言わせると「平和」と「戦争」は一体で裏表の関係にあり別物ではないという視点でした

「平和 平和」と叫んでも 「平和」維持できず 敵国に力があれば 敵国の考え方一つで戦争に見舞われるということになります

それが証拠に米国トランプのアメリカンファーストの考え一つで 西半球を影響下に置くドンロー主義を主張しています その流れでベネズエラ攻撃が発生し グリーンランドを買い取るぞと言ったり カナダはアメリカの一部になることが望ましいと発言しています

世の中が大きく変化しています アメリカは「世界の警察官」を捨てました 
日本はお花畑の「平和」を唱える発想を見直さないと 生きていけない時代に入ったようです

居眠り番組

ここのところの強風で道路 アプローチ 犬走が綺麗に掃除されてゴミ一つありません

さてフリーアナウンサー徳光和夫(83)が4日放送のテレビ朝日系「路線バスで寄り道の旅 新春SP」に出演。徳光が好きだと公言している映画「緊急取調室 THE FINAL」(常廣丈太監督)の撮影現場に突撃し、同シリーズ主演の天海祐希から実際の取調室で“取り調べ”を受けた。

天海は「今日は…『ゲストほったらかし居眠り事件』ということで」と切り出し、スタジオを爆笑させた。  

天海は「毎回路線バスで旅する中、あなたはゲストをほっぽり出して居眠りしているとのことですが、これは一体どういうことですか」と問い詰めた。  

徳光は「バスの揺れが悪いんだと思います」と正直に答えて笑わせた。「揺れに入るとゲストを忘れます。すいません」と小声で謝った。  

ミニコントに付き添ったドランクドラゴン塚地武雅は「聞くところによると、過去13年間で130回寝ているというお話が。スタッフからのデータです」と補足した。  
徳光は「そんなに寝ているの?」と驚き、「それは本当に、申し訳ない」と苦笑いした。  

塚地から「黒柳徹子さんからの証言なんですが、『寝て稼げるのは徳光さんとパンダだけだ』という証言がありますが、その件についてどうですか」と聞かれ、

徳光は「黒柳さんのおっしゃることは日本人の声ですから、間違いないと思います」と答えた。  

徳光は「私もまさか寝て稼げるとは。寝る前は涙で稼いでたもんですから」と自虐し、笑わせた。

「路線バスで寄り道の旅」は徳さんの人柄が好きなので よくビデオに撮って見ます
徳さんが居眠りする姿は番組でも絵になります
居眠りは番組では外せない映像です
それにしても83歳の徳さんはよく食べてよく寝ます

スープカレー

昨年はドングリ庵に来て17年目にして飲食店の2店舗の新規開拓に成功しました
1店舗目は夏に隣の長南町で見つけた開店して1年にも満たない 古民家を改造した 薪窯のピザ屋です
ここでのお気に入りは生ハムと半熟卵のピザです
8月から5回訪問しましたが2回目以降はこのピザを注文しました

2店舗目は12月に見つけた隣の一宮町にあるうなぎ店です
ここについては すでにブログで紹介したので省略します

気を良くしたので 年明けにこれも隣の大多喜町にあるスープカレー店に行ってみました

スープカレー発祥の地は札幌で1975年に喫茶店「アジャンタ」が薬膳カレーとしてメニューに出したのが最初と言われています
2000年代にはブームとなり200店以上がスープカレーを提供しました

昨年 誰だか忘れましたが カレー大好き人間がバカにしていたスープカレーを初めて食べて感動した姿をTVで見たので 一度は食べてみたいと思っていました

この店は八ちゃんの魚を買いに行くときに前を通るので知っていました
数年前に出来たコンテナの新しい店です
メニューはスープカレーが4種類で 辛さが5段階ありました
チキンと野菜のスープカレーを 辛さは下から2番目を注文しました

出てきたスープカレーはご飯とカレーが別皿でした
一口スープを飲むとただのカレーで味に深みも感じませんでした
野菜は素揚げが5種類ぐらいありましたが 揚げたてではありませんでした
チキンを食べてもおいしくありませんでした
「やっぱり駄目だったかー」

夫婦二人で一生懸命やっているのは理解できましたが 味が伴っていないのが残念でした
ということで新年の新規開発スープカレーは見事に失敗しました
17年間で2店しか合格していないので 当然と言えば当然の結果と言えるでしょう

男のロマン

定年退職は人生の大きな節目であり、まとまった退職金で長年の夢を叶えたいと願う人は多いもの。たとえば「いつかは乗ってみたい高級車」という想い。

長きにわたる勤労へのご褒美として、憧れの高級車は魅力的に映りますが、その高揚感はしばしば、老後の生活防衛を第一に考えるパートナーとの間に、決定的な溝を生む原因となります。ある夫婦のケースをみていきます。

若い頃、スーパーカーブームの直撃世代だったんです。いつか成功して、ポルシェのオーナーになる。その夢だけを支えに、満員電車に揺られ続けてきました」 都内のメーカーで営業部長を務め上げ、先月定年退職を迎えた山下隆志さん(60歳・仮名)。

彼は、学生時代からの悲願を叶えるため、退職金の一部である1,500万円を握りしめ、高級輸入車ディーラーへ向かう準備をしていました。

山下さんの愛車遍歴は、家族のための歴史そのものでした。結婚後は燃費の良いコンパクトカー、子どもが生まれてからはスライドドアのミニバン。自分の好みなど二の次で、「家族の利便性」を最優先にしてきた自負がありました。 「子どもも独立したし、もうチャイルドシートもサッカーの道具も積まなくていい。

最後くらい、自分が本当に乗りたい車に乗ってもバチは当たらないだろう、と」 リビングでカタログを広げ、妻の恵子さん(58歳・仮名)に切り出したのは、真っ赤なポルシェの2シータースポーツカーでした。

「これからは夫婦2人で、こいつに乗って温泉旅行に行こう。どうだ、かっこいいだろう?」 しかし、恵子さんの反応は、山下さんの高揚感を一瞬で凍り付かせるものでした。

彼女はカタログを一瞥もしないまま、家計簿をつける手を止めずにこう言いました。 「そんな座り心地の悪そうな車、私は絶対に乗りませんから」 「い、いや、でもこれは男の夢で……」と食い下がる山下さんに、恵子さんは追い打ちをかけます。

「あなたが男の夢を叶えるというなら、私も女の夢を叶えてもいいのよね」 そして、トドメの一言が放たれました。

「還暦過ぎてポルシェを買うなんていう男から自由になることね、女の夢は」 山下さんは何も言い返せませんでした。 「それに築30年の一戸建てにポルシェなんて……似合わな過ぎて、近所からの笑いものにされるわ。ポルシェを買うなら家も建て替えないと。そんなお金、うちにあるのかしら?」

現在、山下さんのガレージには、妻の希望通り、最新の安全装備がついたクリーム色の軽ハイトワゴンが納車されています。

「広くて燃費も良くて、確かに便利です。でも、ハンドルを握るたびに、私の人生のクライマックスはこれだったのかと……」

このように男のロマンは得てして 妻の反対に会います

うなぎ店探しの旅が終了

12月の中旬に初めて行った上総一ノ宮のうなぎ店は予想よりかなり美味しく気に入りました

2025年の〆はうな重にしようと 年末にもう一度上総一ノ宮のうなぎ店に行きました
出てきた肝焼きは焼きネギが添えられてフワフワで前回より一層美味しいものでした
気のせいか うな重も前回より美味しく感じました

食べ物は最初に行った時に美味しいと感じても 2回3回と行くうちに それほどでもないと感じることはよくあります

3回ぐらい食べて それでもおいしいと感じるものは本当においしいものです
その店の味を自分の舌がとらえて 記憶に残り この味だと感じれば合格点になります
今回の店は昨年末に2回目のうな重を食べて 本当においしかったので ほぼ合格点に達しました

睦沢に来て新規に開発した店は80%以上が1回目でNGとなりました
1回目が美味しいと感じても2回目でNGになる店もほとんどでした
味だけでなく 店の雰囲気 店員の対応 駐車場など総合的に合格となった店は
睦沢に来て17年間で1店だけでした

年始も美味しいうな重でスタートしたかったので 年始に3度目の訪問となりました
食べたうな重は予想通り美味しいものでした
店主の肩書が「うなぎオタクの店主」だけありました

この店はうな重の味だけでなく 店内の雰囲気 スタッフの対応 駐車場の大きさ 自宅からの距離 全てが合格になりました

17年掛かってやっと総合点数で合格になった店が一つ追加され2つになりました
これにより「うなぎ店探しの旅」が終了しました

包丁

以前は刺身が好きで毎晩 酒の友として食べていました
刺身も切った盛り合わせではなく 一匹物を買って自分で捌いたり 柵で買って食べるときに切って食べるのが好きでした

「正本」の包丁はプロ仕様でとてもいい包丁だと聞いていました
そんなこともあり 浅草の吾妻橋の傍にある刃物店の正本本店に「正本」銘の柳葉包丁と出刃包丁を買いに行きました

和包丁なので使った後は錆びないように水分をきっちり取って 丁寧に保管する必要があります

また 片刃の柳葉包丁と出刃包丁なので 簡単に十回程度ゴリゴリすれば砥げるというものではありません ちゃんとした砥石で砥がなければなりません 
天然砥石を使っていたので 砥ぐ前に20分から30分水に浸けてから砥ぐことになります 砥いだ後も水切りをしてきちんと保管します

何十年もそうやって来ましたが そのうち包丁はステンレスに変わったので 柳葉包丁 出刃包丁はお蔵入りとなりました それでも砥ぎだけは天然砥石を使ってきました

昨年 tiaraがゴリゴリすれば砥げる道具を使ったら便利だったと言っていたので
十回ぐらいゴリゴリすれば砥げる道具を買いました
砥ぎたいと思ったら 引っ張り出して その場でゴリゴリを十回すれば完了です
水に浸けたり 砥いだ後の手入れも不要で まことに便利であることが実感できました

そこで天然砥石もお蔵入りとなりました
ブランドの包丁と天然砥石を眠らせるのはもったいないな という意識が頭の中にありました

年末にいつも行くレストランに行ってシェフに これこれの柳葉包丁と出刃包丁を使ってもらえるか? と「聞くと使いますよ」と言ってくれました

車に戻って包丁と砥石を渡しました
包装紙を開いて出刃包丁の柄の元が水牛の角で収めてあったのを見てニッコリしました ここは金属のステンレスが使われるのが普通ですよ と言っていました

柳葉包丁の長さを確認して 今使っている柳葉包丁より少し長いことが分かりました
マグロを下ろす時はこのくらいの長さが欲しいかったんだ と言ってくれました
天然砥石も喜んでくれました

上げてよし 貰ってよし 何と言っても包丁が一番喜んだことでしょう

人材教育

青山学院大が1月2日、3日に行なわれた第102回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)で、10時間37分34秒の大会新記録で総合優勝を飾った。

史上初めて2度目の3連覇を達成した同大の原晋監督は、駅伝ファンからするとサプライズなオーダーを組んできた。過去2大会、ともにエース区間の2区で好走していた黒田朝日(4年)を5区に投入したのだ。

1区では16位と出遅れ、その後は徐々に順位を上げたものの4区終了時にはトップの中央大と3分24秒差の5位だった。苦しい状況から黒田が歴史的な激走で猛烈に追い上げ、19キロ過ぎにはついに早稲田大をかわしてトップに立つ。青山学院大のエースは従来の区間記録を1分55秒も上回る1時間07分16秒の区間新をマークし、チームを往路3連覇に導いた。

復路も順調そのものだった。8区の塩出翔太(4年)が1時間03分45秒の区間新記録をたたき出し、9区で1時間07分38秒だった佐藤有一(4年)と連続区間賞を獲得。最後は10区の折田壮太(2年)が1時間07分59秒の区間2位で危なげなく逃げ切った。

終わってみれば今季も圧倒的な強さで箱根路を制した。レース後に各大学の監督や選手らに取材をするなかで驚いたのが、“5区・黒田朝日”を予想していたライバルがいた点だ。このことを原監督に伝えると、事も無げに「本気で箱根駅伝に向き合っている方は、それぐらい予想しますよ」という答えが返ってきた。

また、青山学院大の選手たちは高い競技力に加え、個性的で表現力の豊かな学生が多いと言われている。その育成法について尋ねると、名伯楽はこう述べた。

「陸上の指導は2割。8割は哲学的なところから教育をしていく。教育では、勝った負けたではありません。箱根駅伝を通じて社会に役立てる人材を育成するのが、私の教育理念です」

陸上部だけでなく、教壇に立ち多くの学生らを指導する原監督は、箱根駅伝での圧倒的な強さと、明確な目的を持った人材育成を両立している。

駅伝でいくら良い記録を残して活躍しても大学は22歳で卒業です
人生100年と言われている時代ですから たった20%が終わったばかりです
その後の人生は80%が残っています

選手の時に速く走って活躍したものの頭の中がパーでは社会に適応できません 
過去の栄光にすがるような不幸な人生になってしまいます
学生が残りの人生を豊かに生きる意味でも原監督の人材育成は非常に大切なことです

覚悟と理念

明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします

高市早苗首相が3日、自身のX(旧ツイッター)を更新し、同日に復路が行われた箱根駅伝に言及。3連覇を果たした青学大・原晋監督の指導理念への共感を示し、話題になっている。
 
同首相は全ての参加チームに対してねぎらった後に、昨年末に原監督と対談した際のやりとりを披露。

「人を導き育てるにあたっての心構え」を尋ねたところ、原監督は「覚悟」と「理念」と答えたという。

 これについて高市首相は「全く同感です」と記すと「国家の経営も、決して平坦な道のりではありません。この先、走破すべき上り坂、下り坂が、何度も訪れることでしょう。

日本と日本人の底力を信じてやまない者として、列島の隅々まで強く豊かにして、次代を担う世代の皆様に、必ずや、世界の先頭で襷を渡したい。

その強い『覚悟』と『理念』を心に抱き、今年も懸命に、諦めずに働いてまいります」とつづった。

 Xでは「『覚悟』と『理念』という言葉、人生にも投資にも通じるなと感じました」「仕事始めの際に正に『理念』と『覚悟』の話をしようと思っていたので驚きと同時に必然性を確信しました」

「スポーツの話をしてる“体”で、完全にリーダー論をぶん投げにきてるのが最高にロック」「『覚悟』と『理念』という言葉がとても心に残ります」「強く心に響きました」など共感のコメントが相次いだ。

「覚悟」と「理念」は大切ですが 「理念」を具体策に落とし込んで 「覚悟」を持ってスピーディーに実行し実現することが重要です

Profile

New Entries

Comment

Categories

Archives(913)

Link

Search

Free