屋根素材

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たたずむ vivaken


6寸勾配の切妻屋根と 4寸勾配の霧よけに ガルバリウム鋼板を使います。

塗装ガルバリウム鋼板

日鉄鋼板に掲載されている 説明です。
屋根の色に希望があるので  違うメーカーのものを使う事になるかもしれませんが、日鉄鋼板は 分かりやすい説明がしてあります。

軒先4尺

屋根を”切妻”に変更し 6寸勾配にすると 少し物足りないものを感じました。

軒を伸ばさなければ バランスが悪い。ここにたどり着きました。

DSC04440-02.jpg”けた”を表に出す ”出しげた”の作りになっているので なるべく ”けた”を守ってやりたいという気持ちも働きました。

また vivakenの自論は「軒は 4尺を旨とする。」でした。
このよりどころは 例えば 夏。

入道雲がもくもくとわきあがり、あっという間に 雷が鳴り、夕立が降る。
そんな時 縁側の戸を閉めることなく、乾ききった土は雨でたたかれ、一瞬のほこり臭さがただよう。

その瞬間を味わうためには 4尺の軒でなければならない。
ここからの発想です。

この 民家が現存していたのを一度だけ見ていますが、ともかく 暗かった。
日中でも照明が必要でした。
レストランとして活躍していたので、建物全体の雰囲気は昼夜変わらず保つ事が出来たと思いますが、日常生活に持ち込めるものではないと印象を持っていました。

明るさだけの追求ならいろいろ方法がありましょうが、私たちの家として 地域全体のバランスをも含んだ 選択をしたつもりです。

既存屋根をあきらめる。

私たちの家作りのコンセプトは ”明るくて 風通しのよい家”これです。
これは 30坪位の二人で暮らす家をイメージし始めたときに、結論を出したものでした。

本日の結論は 屋根は「寄棟」から 「切妻」に変更し 小屋組みをして屋根を載せます。
茅葺の屋根にすることが出来なかったので、ここで サス組みをすることは、私たちにとっては、意匠以外 何者でもありませんでした。

小屋を組んで屋根を載せる事も サス組みをする事も 予算から言えばそう変わるものではありませんでした。

今日のテーマに沿います。
以下 ケヤキの古木さんから頂いた 既存屋根の再現へのメッセージです。

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もしかすると、この上にサス組の合掌屋根が載ることになるのでしょうか。そうすると、屋根の頂上はもっとずっと高い位置になるということで・・・これは、本当に巨大建造物ですね。
サス組が並んだ姿は、神社の社殿のようで美しいでしょうね。和小屋と違って合掌の良いところは、空間が広く、造りがシンプルな所だと感じています。


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私たちは この民家に出会ったときに最もひかれた事の一つが、サスを荒縄で組み上げ、化粧野地として”よしず”が使われていた部分でした。
また 美しい屋根裏部屋があり、狭いところでミョウニ落ち着く 私の心をつかんだものでした。

これなくして、この民家はありえるのかとまで思ったほどでした。

しかし 雪国仕様の10寸勾配の屋根は 私たちには負担でした。
あの 大きな屋根は ”明るくて 風通しのいい家”という観点から見て明るさという点で疑問がありました。また 将来のメンテナンス予算 ランニングコスト 地域に溶け込んだ建物という概念 全てが釣り合いの取れないものでした。

結局6寸勾配の切妻を選択しました。

DSC04400-02.jpg元口7寸のサスが20本あります。
棟梁は語りませんが、私の想像では 新しい小屋組みにこれを利用していくのではないかと思っています。
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梁の組み付け

DSC04445-02.jpg北山から 今の状態を見ました。
梁は組み立てが終わっていて、屋根を造り始めるので その足場を組む準備が始まりました。

DSC04405-02.jpg梁は 柱の上に梁をのせるだけではなく、梁と梁をのせ組み合わせています。また その支えとして 垂直に短い柱のような物が確認できると思います。”つか”といいます。

完成してしまうと、これらの梁をこの高さから眺めるチャンスはなかなかないかもしれません。
現状だと 梯子を上り 柱につかまりながら、移動すれば とてもダイナミックな様子がよく分かります。

怖いですが・・

小屋組みの一部ですが たいへん惹かれる 部分です。

ブナの梁

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ブナの梁です。
この 民家は ケヤキの柱 と ケヤキの鴨居、そしてこのブナの梁。
この材にとても重厚感を感じることが出来ます。

新潟の民家再生に携わってきた方々から、「昔は 自分の家の裏山にあった木を育て その中からいい具合の物を選んで家を作ったから、いろんな材料が混じっているのですよ。」
このように、お聞きしています。
家の中に いろんな木が各々いろいろしゃべりながら存在しているというのは、この家に住むものにとっては 大きな楽しみです。

なんでもそうですが、関心を持って見聞きする事と、その時の自分の関心事から外れていると
通り過ぎてしまう事とがあります。

あえて告白すれば、私の民家に対するスタンスは vivakenが民家再生なんてことになにやら思いつめている・・
ま〜 一肌脱ぐとするかがスタートでした。

初めは ともかく当たって砕けろ(いや 砕けちゃいけない。。)
それから先は それそれ ご存知の方はご存知の通り。

要するに 民家・民家再生 これがあっての 民家でした。

今は 古い木々のおしゃべりに満悦している私です。

こんな ギャラリーにもふと目を止める 私です。

飯沼本家

上棟の次の日

DSC04355-02.jpg高いところの作業ばかりではありません。手分けして 仕事は進められます。


2トントラックが家の前に止まりました。
無駄のない筋肉質の体格をした男性が ちょっと見せてくださいとやってきました。

自分は 茂原で古民家をやっているのだが という話から始まり 大多喜に プールとテニスコートのある再生民家が完成したことなどを 話していました。
だんだん 移築再生をお願いしようと 伺ったことのある工務店がらみということがわかってきました。

思い切って その工務店の名前を挙げてみると、やはりそうでした。
いろいろ世間話をした中で、移築再生をする場合は やはり新潟からですかとお尋ねすると 新潟から持ってくる場合が多い。ということでした。

今でこそ 朽ちた民家を見て 使えるもの使えないもの、生かせるもの など ある程度の判断はできますが、一年前 新潟に民家探しに行ったとしても、大黒柱がどうこうで・・これくらいしか見ることは出来なかったでしょう。
増してや 真っ暗で・・真っ黒で・・となればなおさらのことです。

私たちはこの家のルーツはわからないのですが、「もともとは 新潟のものでしょう」 というのが一致した意見です。
この家はどこにあって どんなところにたたずんでいたのか、知ることが叶うなら、是非知りたいものだと思います。

上棟の日に

DSC04392-02.jpg柱と梁を ガッチャ(私はこう呼んでいますが、正式な名称はしりません。)で 固定し 「おまえはここで こうなるの!!」と材に言い聞かせています。
このガッチャの帯掛け・締め上げは、大工の広瀬さんが、棟梁と言葉を交わすでもなく さささ〜とセットしてしまいます。


上棟の日 式は午後3時からという事で、その日の作業は終えました。
その頃 ゆっくりと家の前を行く車がいて、我が家に関心を持って見ていることが伺えました。
すると その車はまた戻ってきて、家から少しはなれたところに駐車し二人の男女が我が家へやってきました。

「守門さんの現場と聞いて 伺いました。」

先日地鎮祭を終えたという 古材を取り込んだ家を立てる計画のご夫妻でした。
我が家の裏山の竹は そのお宅の 地鎮祭の神さまが下り立つ場所に立てられました。
竹を差し上げたことがあって、大変立派な地鎮祭だった事を聞いていました。その印象から年配の方を想像しましたが、なになに 定年まで20年は悠にあろうというご夫妻です。

「図面を見せてもらってもいいですか。」
重ねておいてあった網野さんのCGを「これは だれが書いたものですか?」
などなど・・

私はまるで、レポーターのように
「どんなきっかけで 古材に惹かれましたか?」などとお聞きしました。

ご主人(この頃 ご主人とお呼びすると主従関係ではありませんとか言われそうですが・・ま〜ミスター○○ぐらいの呼びかけです。アシカラズ。)は 「ハウスメーカーもいろいろ見ましたが、今ひとつ納得が行かず、あるとき 守門さんのホームページに行き着きました。」
「ちょうど モデルハウスを見学する事が出来て、自分には これだな!と思えました。」

そして 聞いていたみんなが 思わず微笑みました。
「私は 骨董など全く興味がありませんでした。しかし だんだん 引っ張られています。先日もビックサイトの骨董展に行ってしまいました。」

私は あとから考えて、これは 強力なライバルが現れたぞ。
建具争奪戦が始まるのかしら(タイヘンダ〜)


梁の組み付け

高いところは からっきしダメで・・ と聞きますと、それはそれはお気の毒様です。
と涼しい顔の私ですが、ジャングルジムを巨大化したような構造材を 2階の床面あたりまで登って、ダウンしました。

ジャングルジムはまだいいのです。手を伸ばせば そこかしこにつかまるところがありますから。
私の体重では決して折れることはない足場板が渡してあって、事実 岩熊さんがススっと渡るのですから バランスさえ崩さなければ、怖がる事はないのです。

はじめは勢いのまま 岩熊さんを追いかけるように 足場板を渡りました。
この時点では チョットは怖かったけれど、何とかついていきました。行き着いたところで、梁の説明を聞いていると、vivakenが登ってきました。
それまでは、話をしながら移動していました。しかし 岩熊さんがvivakenと話を始めると、ふ と我に返り、足元がゾクゾクしてきた。

床のない高いところは、こわ〜い。

前の年まで全く症状の出なかった花粉症に突然襲われた。と聞きますが、これをきっかけに 高所恐怖症を発症しそうだと心配な私です。

DSC04387-02.jpg2階の天井に当たるところに足をおいて、”かけや”を振る 岩熊・山崎 ご両人です。

トビ職さんが、ヒョイヒョイと足場を渡っていくのを見ますが、それもそれですが、ここで 梁を叩き込むだけの力を込めて、”かけや”を振るというのは どうにも想像を絶する作業です。




梁の組み付け作業を見ていて思った事は、「仮組み」という工程のことです。
作業場で仮組みをして それを解いて現場で組み立てる という作業工程のことを聞いていました。石川社長も伊藤参与も大変大切な事だといっていました。

折井棟梁は 直接組みつけています。寸法は慎重に確認していますが、組み付けは直に指示していますし、大工の広瀬さんも 瞬間瞬間の判断で 柱を絞り込んだりしながら梁を組みつけていきます。

私の感想は、いくら仮組みをしたところで、それを解けば「元の木阿弥」。
仮組みをするにこしたことはないかもしれませんが、あばれる柱をみていると、いろいろ手を回しても、そう簡単に思い通りに進める方法はなさそうに思えます。

上棟式

上棟式は 棟木が上がった時点で 今までの工事の安全に感謝し、これからの安全を祈念する 区切りです。

応援いただいているみなさんへ、または 現場を取り仕切る皆さんへ、そして 移築再生の実現に実際に刻み 組み立てに汗を流してもらっている皆さんに、日々の感謝の気持ちを忘れる事は出来ません。

私たちの 上棟式はどんな具合で・・・いたしましょうか?

相談の結果 8月19日(土)棟木は上がらないけれど、上棟の日としましょう。
という事になりました。

DSC04391-02.jpg棟梁は 安全にこの工事が進むよう、気持ちを込めて 塩・米・お神酒 で地の神様に感謝と今後の安全を祈念しましょう。と 歩を進めました。

少し間をおいて、もう一度「気持ちを込めてね。」と念を押し 家の4隅それぞれにお奉りしました。
DSC04395-02.jpgご近所には 午前中に挨拶にお伺いし、ご報告しました。
「毎日 大工さんさんの仕事振りを 楽しみにしています。」
または「大工さんって 本当にすごいものですよね。」
そんな 感想を聞かせていただくとともに、私たちを激励していただいたりしました。


VFSH0132-02.jpg地元の方々の上棟となるとこんなわけには行かないのかもしれませんが、私たちには なんとも身の丈にそぐわしい感じがして、印象深い 上棟の区切りとなりました。
 

移築再生

移築再生において 大変な苦労と 経験がものをいう場面です。

つい最近まで 立っていた建物を再生する苦労を目の当たりにしました。
4本の柱に対して 梁を載せました。梁は 3本あり 一本目も苦労しました。
これは 2本目です。



DSC04372-02.jpg梁のほぞと、柱が 4寸合わないと言葉が飛びます。
手前が岩熊さん。奥が 広瀬さん。
広瀬さんは言いました。「柱を建てたときに、こうなる事は分かっていたから、大丈夫だ。」
「3本目もほら あんなにくるってるから。」

私は ウゥゥゥゥ。。。。としか 言葉が出ません。


DSC04375-02.jpgユニック車を利用して 柱を引き寄せます。力任せに作業すれば 柱が折れる可能性があります。慎重に引き寄せますが、構造材がみしみしと音を立てています。


DSC04377-02.jpg柱をほぞに滑り込ませ、2階の天井部分に当たる位置で、かけやで叩き込んでいきます。
半端な作業ではありません。
かけやで叩き込みをしているのは、手前 山崎さん。奥 岩熊さん。
そして 下で次の段取りをしている 広瀬さん。


柱と梁の結合が終わり ユニックで引き寄せていたロープを解くと 構造材全体が改めてバランスをとるように柱が振るえ、落ち着きました。

ぬれた古材はすべる

九州は 梅雨末期の大雨に打たれ、今度は 台風に襲われ 心からお見舞い申し上げます。

その台風に影響を受け 関東地方も時折強い雨が降ったり、雲がきれ真夏の日差しに照り付けられたりと 不安定なお天気です。

構造材の組み立ても そろそろ 3人の大工さんだけでは収まらず 多人数で進める準備をしています。

しかし この調整というのは なんせ お天気が作業内容を決定するので なかなか 大変なことと思います。
特に 我が家の場合は、新材に比べ ぬれると非常に滑りやすいという古材ですから、充分な配慮が必要です。

ともかく 安全に。。
急ぎませんので。

鴨居の様子

現地で現物を見ているか否かで このような角度の写真は 関心の度合いに違いが出るものです。

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引き取った鴨居が再生されています。

木栓の打ち込み

棟梁が 木栓を打ち込みます。
なんとも 惚れ惚れする 美しい工程です。


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DSC04280-02.jpg脚立の上で 木槌を打つわけです。
写真を見ながら 歯を食いしばってしまいます。


盆・暮

お盆とお正月は 職人さんたちはキッチリお休みを取ります。

台風の余波で 雨が続きましたので若干遅れ気味に推移しているようですが 建方は 順調に進んでいるといって差し支えありません。

気温が上がってくると 睦沢の様子を思い浮かべ 皆さんのご苦労をしのんでいます。

昨日は ケヤキの柱 差し鴨居を建て始めていると連絡を貰い、そのダイナミックな様子を想像しています。

立ち会っていられたら楽しいだろうと思う事しきりです。

古材と新材をつなぐ

材の刻みとは 具体的に このような製作作業です。


DSC04217-02.jpgいたんでしまって使えない材は 新材で補充しますが、そのためには 新材の加工が必要となります。

それが 刻みという作業です。

材を置きながら どこに何が足りないから あ〜してこうして・・
こんな事はやりません。全てが棟梁の頭の中に入っていることです。

私たちフツーのサラリーマンは 出来るだけマニュアルに沿った仕事をするよう要求されます。
その第一歩として ファイルの背表紙にタイトルをいれず 自分だけ分かっているような仕事のやり方はいけない これは どこでも 誰でも 言われる事です。

これは 想像力とか工夫とかを必要としない、資料の保管の話であって、日々イメージが進行中であれば、第三者に対して いちいち過程を説明したり 保存したり できません。

棟梁のイメージは日々進行中で 時々 図面をじっと見入っていますが、言葉を派する事はなく、わたしたちが少々尋ねても、ただ うなずくばかりです。

棟梁が 柱や梁に墨付けをして 大工さんがそれをどんどん刻み込んでいました。

古材磨き

建方の準備に入ると 梁として使われてきた「ぶな」材の磨きが始まりました。束子で洗われ、オイルステンで仕上げをしています。

油性塗料なのでそれなりの匂いがありますが、数日でそれも消える事と思います。
何より嬉しいのは、「かび」臭が飛んだことです。
そして 化粧を施されると、以前にも増しての存在感を示します。

ケヤキの柱も建てられるべく 所定位置に運ばれ始めましたし、これからが 最も醍醐味のある工程。と思います。

山から切り出した杉材の柱の話を棟梁としました。
柱を建てるときには、その木が立っていたときの東西南北を考慮するかどうか という事を聞いてみました。

棟梁の答えは 「柱のいい面(美しい面)を どこに向けるか これに一番気を使います。」

私は これぞ 大衆の中における”匠”とばかりに ヒザを打ちました。
柳宗悦の語る ”民藝”に通じるものを感じたからです。

8月4日 大安

在来工法で家を建てるなら・・・
できる事なら 暦の吉日を見ながら、よき日に区切りをつけながら建築を進めたいものだと思いますが、残念ながら充分な対応が出来ないままに、進んでいきます。

DSC04215-02.jpg建方開始に当たりましても、まさしくそういうことで ずぼらな施主は配慮も何もないままことは進み、8月4日 大安の日に 一本の柱が立てられました。

「こうこうしかじか・・今日は柱を建てました。」
4日の夜 連絡を貰い 「せめて お神酒の用意ぐらいはしよう」と週末に向け あたふたする私たちでした。

台風が 一個 二個 三個と発生しています。
日本列島を被う高気圧の勢力が強く 天気予報では北西または北北西に進路をとると予想され、まずは ヤレヤレでしょうか。

私は 棟梁にききました。
”建築中に 雨にあうということは 当然あると思いますが、古材がぬれる事で、支障が起きる場合があるのですか?”

棟梁は答えました。きっぱりと。
”材はぬれても乾きます。それによって 支障が起きることはありません。何の心配も要りません。”
そして 笑いながら言うのでした。
”鉄は錆びますから、ぬらすとやっかいですがね。”

この言葉の中に、無垢の木で家を作る 大工さんの誇らしさを感じました。

建方

タテカタと読みます。
家を建てなければ 接する言葉ではありませんでした。

基礎終了後 棟上までの作業を「建方」と呼びます
棟上は何を指すか 
屋根の下地までを指したり、構造が組みあがれば棟上とかケースにより違うようです。

来週の中ごろ(早いもので 立秋が過ぎます)には建方にかかります。
いよいよ 組み立てられた構造材をみることができます。
網野さんにつくってもらたCGを頭に描きながらとても楽しみにしています。

できる事なら 棟梁が頭の中に描いている図をシンクロしたい!!!

今年は 台風が少ない。
少ないまま 終わってもらえれば大変幸運なのですが、さ〜て どうなるものやら。
我が家は 山肌に沿って風が通り抜けるので、台風情報には 神経を張らねばなりません。

数年前 お盆の休みに台風に襲われて 小諸のあたりで 恨めしそうに空を見上げていた自分を思い出します。

上水道

上水道の宅外工事をしました。
まだ水道管がつながれているわけではありません。
10月になってから つなぎこみをします。

DSC04206-02.jpgvivakenは 皇居でコグマ笹がきれいにグランドカバーしているのに見ほれて、侵入路の両サイドにコグマ笹を植えました。

この量水器設置のために、やむおえずある程度はがしました。
彼はチョット残念そうな顔をしていますが、所詮”笹”ですからいずれ復帰する事でしょう。

侵入路を作るときも 請け負ったところは「こういうのは 最後にやるものだけれどね・・」といいながら作業していました。
私たちもそうしたかったのですが、なんせ 今や有名な「睦沢粘土」。
雨上がりに 侵入路で車が泥にはまって往生するので早速対策しました。その時 笹の植栽の依頼したわけです。

「こういうものは 最後にやるものだけれどね。」
確かに そうなんですが 笹はともかく 侵入路のコンクリート敷設工事はやってなければ、今回も随分厄介な事になった事でしょう。


寸法不足

現場で見つけた 一本の材。

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寸法不足とメモされています。
いろいろなやり方があるのでしょうが、実際に 去年の今頃まで立派に機能していた建物の中に、「寸法不足」という材があることを、理解することができません。

折井棟梁がうまく加工してくれるはずなので、何の心配もしていませんが、「そんなことが あるのね・・」という思いです。

ミスター妹旦那が チョコットやってきて やはりこの材を見て、
「大工さんって、この家の柱の一本 梁の一本 全て頭のなかで描いているんですね。」
改めて 大工さんの仕事に思いをはせました。

彼の両親の家は 東京の西の端っこです。
私たちが この家の再生を決意した頃、実家の父は私の話を聞きながら、ミスター妹旦那の家の梁は”チョウナ削り”だと教えてくれました。

彼も妹もその事を意識した事がないようですが、私たちがこの再生をすることをきっかけに、もう一度育った家がどんなに素晴らしいものだったかを見直すきっかけになるかもしれません。

杉材

裏山から切り出され 一年半葉枯らしをした杉が 製材され運び込まれています。
年輪を見つめていると、木によって 目が細かいものと粗いものがあります。


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たいして条件の違わないところで育ってきたので、年輪の様子は同じ様に刻まれているだろうと思っていましたが、そうではありませんでした。

もともとの木の性質 いわば DNAのほうが大きく関与するようです。


東金の千葉県木材市場協同組合 ”モクイチ”では 一本の木を工夫してカットすれば、板もとれれば柱も取れる。但し その木の太さにかかわりますが。
捨てるところは ほんのわずか です。
というレクチャーがありました。

我が家の場合は 柱をとるのがやっと という程度の太さの木でした。
見ていると 木の芯の赤味の部分を中心に製材されています。
時として 年輪の芯をはずして製材してあるものがあります。きっと なんか ダメージのある材だったのでしょう。

こうして 裏山から切り出された木々が姿を変えて帰って来ると
「木の節は ないほうがいい。」そんな事は吹き飛んでしまい、たいへん いとおしく感じるものです。

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tiara
里山の暮らしはいかに・・。
vivakenのカーチャンとか オッカーとか 呼ばれる日が、来るのだろうか。

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